話:一ノ瀬正樹
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ヒュームは「原因と結果」と理解される事象の特徴、すなわち恒常的連接が生じる前提として、「原因と結果は時空的に接近している」、そして「原因は結果に時間的に先行する」という2点を挙げています。
これは、それ自体を考えたときにはもっともなことだと思います。先ほど言ったのは、原因と結果は時間的・空間的に接近しているということです。時間的にもすぐだし、空間的にも文字通り同一の場所です。「原因は結果に時間的に先行する」、これも当たり前で、原因が先に起こらなければいけません。結果は後から起こります。ヒュームはこの2点を挙げているのですが、一見こういう自明な論点でも問題が生じないわけではありません。
たとえば、接近に関していうと、量子力学のEPR相関というものがあります。素粒子が崩壊して2つに分かれた後、一方に波束の収縮が起こると、宇宙の果てまで離れた他方にも、一瞬でその波束の収縮の因果的作用が光速を超えた形で伝わります。これが量子力学のEPR相関です。
アルベルト・アインシュタインやネイサン・ローゼンたちは、「量子力学の考え方を前提にすると、EPR相関という矛盾が起こる」と言いました。アインシュタインは生涯にわたって量子力学に対して批判的で、いろいろな学会で「量子力学の考え方はおかしい」と言いました。「神はサイコロを振らない」というのがアインシュタインの信条でしたが、量子力学にしたがうと、世界の現象は本質的に確率的であるということになってしまいます。それはおかしいとアインシュタインは考えていました。つまり、「宇宙の果てから果てまで、光速を超えた形で因果関係が伝わってしまうのはおかしいではないか」と考えたのです。
しかし、量子力学では反対に「そういうこともあるんだ」と、むしろ認めてしまったわけです。つまり、非局所性という遠隔作用があることを認めたのです。これは、接近していなくても、原因と結果の関係が成立するということの一例です。
さらには時間的先行です。原因と結果で、原因の方が時間的に先行しているということに関しても、「逆向きの因果の可能性」がしばしば言われます。
たとえば、イギリスのオックスフォード大学の哲学者で、マイケル・ダメットというヒトが挙げた「酋長の踊り」という例があります。これは "Bringing about the past" 、「過去を引き起こす」という題の論文の中にあるものです。
ある部族で、成人になるためのプロセスとして、2日かけてライオンのいる草原に出かけ、2日間ライオン狩りを勇敢に遂行して、また2日かけて帰ってくるという通過儀礼をおこなうとします。若者はその通過儀礼を経たうえで、部族の中で成人したと認められます。狩りのあいだ酋長は、若者たちを勇敢に振る舞わせようとして、踊りつづけます。そして最後の2日間も踊りつづけ、若者の行動に影響をあたえようとします。
これを聞いた文明社会の人たちは、こう考えます。若者たちを勇敢に振る舞わせようとして酋長が踊りつづけることが、はたして若者たちに何か影響をおよぼすのか。酋長の踊りが事実的な影響をおよぼすということが、部族の人たちによって何らかの形で信じられています。これは合理的とはいえませんが、1日目から4日目の途中ぐらいまでは、いちおう私たちにも理解可能です。
ところが問題は、最後の2日間、5日目と6日目です。5日目と6日目は、もうライオン狩りが終わって帰ってくるときです。そのときに、若者を勇敢に振る舞わせようと酋長が躍っても、なんの効果もないのではないかと私たちは思います。しかし部族の人たちは、5日目と6日目にも効果があると思っています。「それはおかしいですよ」ということを、その部族の人たちに説き伏せることができるだろうか。これがダメットの問題でした。
結論としては、それを説得することは非常に難しいというものです。そういう意味で、時間を逆向きに、つまり原因と結果の関係において、結果のほうが先に起こっており、原因は後から起こるという考え方を、完全に不合理だとして退けることはできない可能性をダメットは示唆しました。
じつは、物理学の中ではこういうことがあるのです。
たとえば、「ファインマン=シュテュッケルベルグ解釈」といって、過去にさかのぼって進む「antiparticle」と呼ばれる反粒子の存在です。これはCPT対称性などという概念といっしょに提起されるものですが、時間をさかのぼって過去へ動く粒子です。ということは、原因と結果でいえば、原因が後から来ていることになります。
さらには、これはややSF的な想定、仮説にすぎませんが、「タキオン」という物質があります。これは過去に情報を送ることを可能にするような、光速を超えた形ですすむ物質です。そういう想定、仮説です。光速未満では走れないという想定の物質ですが、仮にこの物質の存在を前提にすると、過去に情報を送れるようになることが知られています。これも因果律をやぶっていて、現在から過去にむかって何か作用をおよぼすという物理学的な概念です。そういう意味で、逆向き因果、つまり結果のほうが先にきて、原因が後にくることは、可能性としてあり得ることになります。
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