「日本人の体には川が流れている」と開高健は言った。
野田知佑は日本一のせせらぎを聞きに、夏の四万十川を訪ねた。
「最近の日本人はちょっとおかしいよ」
宿の主人が言った。
「ここに来るお客さんで、『四万十川、四万十川というけど、どこが面白いんだ?』と怒る人が増えた。この人たちは、川岸にずらりとお土産屋が並び、何か遊園地みたいに遊ばせるものがないと、有名な川としては納得できんのやろね。こんな静かできれいな川は日本に何本もないぜよ」
数年前から、そんな時代がくるのではないかと僕は危惧していた。
泳げず、川を見ても怖いだけで何の遊びも出来ない人ばかりになり、彼らには「自然だけの四万十川」はつまらないのだろう。
川を見てもムズムズしない人間が大多数になり、彼らは四万十川を前にして呆然としている。日本人の川離れもここまできたのである。きれいな川を見ても、それがどうしたという顔をする。
そういう自然音痴の人間は、ライフジャケットを着せて川に放り込み、どんどん流すといいのだ。中には気持良さに喜ぶ人間も出てくるかもしれない。
犬たちは大きな音を立てる強引な荒瀬下りを嫌い、川に飛び込んで流れを泳いで下っている。自主的に遊べず、「四万十川は何もない」と不平をいう馬鹿な観光客よりも、この犬たちの方がよほど遊びを知っている。
しかし、この日本一有名な川の強みは、何と言ってもそこにいる人の人情だろう。
上流からカヌーで下ってきた連中がここで上陸し、カヤックを折りたたんで、川岸にある商店から家に宅配便で送る。
この店のおばちゃんが善意にあふれた人で、何かしてやりたくて仕方がない。川で拾った油石に「四万十川の思い出」などとマジックで下手な字を書き、預かった荷物の中にどっさりと詰め込む。
30kgの荷物を送ったはずなのに、家には40kgの荷物が届く。
開けてみると石ころや、小魚を突くチャン鉄砲(これにも「美しき四万十川」と書いてある)、ミカンやナスなどが入っており、みんなを驚かせ、また喜ばせている。
流域の人は、「日本人は皆、四万十川の石を喜ぶ」と思い込んでいるのだ。
「美しき四万十川の女たち 野田知佑」