2013年12月17日火曜日

生活に欲のなかった西郷隆盛


話:内村鑑三



西郷(隆盛)ほど生活上の欲望のなかった人は、他にいないように思われます。

日本の陸軍大将、近衛都督、閣僚のなかでの最有力者でありながら、西郷の外見は、ごく普通の兵士と変わりませんでした。西郷の月収が数百円であったころ、必要とする分は十五円で足り、残りは困っている友人なら誰にでも与えられました。東京の番町の住居はみすぼらしい建物で、一ヶ月の家賃は三円であったのです。

その普段着は薩摩がすりで、幅広の木綿帯、足には大きな下駄を履くだけでした。食べ物は、自分の前に出されたものなら何でも食べました。あるとき、一人の客が西郷の家を訪ねると、西郷が数人の兵士や従者たちと、大きな手桶をかこんで、容器のなかに冷やしてあるそばを食べているところでありました。自分も純真な大きな子供である西郷は、若者たちと食べることが、お気に入りの宴会であったのです。

西郷は、身の回りのことに無関心なら、財産にも無関心でありました。東京一の繁華街に、りっぱな土地を所有していたことがあります。それを設立させたばかりの国立銀行に売却しました。価格を聞かれても語ろうとはしませんでした。今日も同法人の所有のままになっているその土地は、数十万ドルの値打ちがあるとされます。西郷の年金収入の大部分は、ことごとく鹿児島で始めた学校の維持のために用いられました。西郷の作った次の漢詩があります。

我が家の法、人知るや否や
児孫のために、美田を買わず







ある人は、西郷の私生活につき、このように証言しています。

「私は十三年間いっしょに暮らしましたが、一度も下男を叱る姿を見かけたことがありません。ふとんの上げ下ろし、戸の開け閉(た)て、そのほか身の回りのことはたいてい、自分でしました。でも他人が西郷のためにしようとするのを、遮ることはありませんでした。また手伝おうとする申し出を断ることもありませんでした。まるで子供みたいに無頓着で無邪気でした」

西郷は人の平穏な暮らしを、決してかき乱そうとはしませんでした。ひとの家を訪問することはよくありましたが、中の方へ声をかけようとはせず、その入り口に立ったままで、だれかが偶然出て来て、自分を見つけてくれるのを待っているのでした!







「生財」と題された西郷の文章の一部を引いておきます。

世人は言う。「取れば富み、与えれば失う」と。なんという間違いか! 農業にたとえよう。けちな農夫は種を惜しんで蒔き、座して秋の収穫を待つ。もたらされるものは餓死のみである。良い農夫は良い種を蒔き、全力をつくして育てる。穀物は百倍の実りをもたらし、農夫の収穫はあり余る。ただ集めることを図るものは、収穫することを知るだけで、植え育てることを知らない。賢者は植え育てることに精を出すのであり、収穫は求めなくても訪れる。







「ほどこし散らして、かえりて増す者あり。与ふべきものを惜しみて、かえりて貧しきにいたる者あり(旧約聖書 箴言十一章二十四節)」







引用:内村鑑三『代表的日本人


2013年12月1日日曜日

骨盤が後傾している日本人



話:松原秀樹




欧米人や黒人が大股でさっそうと歩いている姿にあこがれるのも無理はありません。しかし残念ながら、日本人の骨格は白人や黒人とは異なるため、適した動き方も異なります。そのことを示す良い例が短距離走の世界にあります。

100m走の世界では、長いあいだ「日本人・東洋人の体型や筋力では9秒台はおろか、白人の世界記録”10秒00”に並ぶことさえ不可能、(オリンピックの)メダルは絶対無理」といわれてきました。ところが1998年12月、バンコクで行われたアジア大会で伊藤浩司(当時28歳)選手がトップでゴールした瞬間、電光掲示板の掲示は「9秒99」を示していました(のちに”10秒00”に修正されました)。

さらに、伊藤選手の後輩・末續(すえつぐ)慎吾選手が2003年の世界陸上選手権200m走で、この種目で日本人初の銅メダリストとなりました。日本人をふくめた東洋人が絶対不可能といわれたタイム(!)、常識を打ち破ったその秘訣は何だったのでしょうか? 末續選手は、「世界の常識を疑うことが大事だ。世界の普通は(日本人にとって)普通ではない」と強調しています。

かつて陸上競技の世界では「地面をつま先で強く蹴って、太腿を高くあげる走法」が主流で、陸上選手たちは必ずといっていいほど「腿(もも)上げトレーニング」を行っていました。ところが日本人の場合は、この腿を高く上げることによって逆にスピードが遅くなってしまうというのです。末續慎吾選手は、膝が下腹どころか股関節の高さにも達しないという非常に低いポジションをキープして走っています。この走法は「忍者走り」とよばれ、世界から注目を集めています。

なぜ日本人の場合は、腿を高く上げると失速してしまうのか? その秘密を科学的に解明したのは、初動負荷理論の提唱者・小山裕史(やすし)トレーナーです。

「黒人や白人の骨格は、骨盤が”前傾”しています。そのため腿を高く上げても重心が低く抑えられ、キック力を効率よく前方への推進力に変えられます。それに対して日本人の骨格は、骨盤が”後傾”しています。そのため、腿を高く上げると背骨が起きてしまって重心が上がり、せっかくのキック力が前方ではなく上方に向いてしまうのです。したがって、日本人は腿を高く上げるような走法では絶対に速くは走れないのです(小山裕史談『スポーツ大陸—忍者走りが世界を変えた』NHK-BS)」





引用:松原秀樹『整体×武道 アイキ・ウォーキング―中心軸を手に入れてみるみる体が細くなる歩き方