2016年8月20日土曜日

悪魔のドリンク「チア・フレスコ」



話:クリストファー・マクドゥーガル
Christopher McDougall







峡谷からでる長い登りにむけて出発しようというとき、アンヘルはへこんだブリキのカップをよこし、「これを飲めば、かならず役に立つ」と請けあった。

「きっと気に入る」

と彼は断言した。



わたしは中をのぞいてみた。カップの中身はドロドロしていて、米抜きのライスプディングのように見えた。

黒い斑点のついた泡がたくさんあって、これは ”孵化直前のカエルの卵” にちがいない。もし別の土地でこんなものに出くわしたら、悪ふざけとしか思えないだろう。まるで子供が金魚鉢から上澄みの泡をすくい取り、私をだまして味見させようとしているようなものだと。

穏当な線で考えても、おそらく発酵した植物の根と、川の水を混ぜたもの、つまり、味には我慢できたとしても、バクテリアが原因で吐き出すはめになる。



「どうも」

と言いながら、わたしはサボテンの裏にでも中身を捨てられないかと、あたりを見回した。

「これは何です?」

「イスキアテだ」



聞き覚えがある…。

そうだ。不屈のルムホルツはかつて過酷な探検の最中に、食べ物を求めてタラウマラ族の家によろよろと入っていったことがあった。前方には、日暮れまでに登らないといけない山が立ちはだかっていた。ルムホルツは疲れはて、絶望的な気分だった。どう考えても、あの山を登る力はのこっていない。

「ある午後おそく、洞窟にたどり着くと、女性がこの飲み物をつくっているところだった」

とルムホルツは後に書いている。

「私はひどく疲れ、600メートルほど上方の野営地まで、どう山腹を登ったものか途方に暮れていた。ところが、イスキアテで飢えと渇きを満たすと…」

と彼はつづける。

「むくむく新たな力が湧き立つのを感じ、われながら驚いたことに、大した苦労もなく高峰にのぼることができたのである。以後、イスキアテはいつでも困ったときの友となり、力をみなぎらせ、回復させてくれた。これは発見といって差し支えないだろう」



まさに、自家製の〈レッドブル〉!

これを試さない手はない。





「あとでいただきますよ」

と私はアンヘルに言った。そしてイスキアテを、ヨウ素の錠剤で消毒済みの水が半分はいった腰のボトルにそそぎ、さらに2錠を追加した。私はくたくたに疲れていたが、ルムホルツとは違って、水が媒介するバクテリアが原因で一年間の慢性的な下痢に苦しむリスクを冒すほど自暴自棄にはなっていなかった。



数ヶ月後に知ったのだが、イスキアテは

「チア・フレスカ(冷たいチア)」

とも呼ばれている。






作り方は、チア(サルビア・ヒスパニカ)の種を水に溶き、少量の砂糖とライムの絞り汁をくわえるというもの。

含まれる栄養素からいうと、スプーン一杯のチアは、鮭とホウレン草、ヒト成長ホルモンを材料にしたスムージーに近い。小さな種のなかに、オメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸、タンパク質、カルシウム、鉄、亜鉛、食物繊維、抗酸化剤がつめこまれている。

無人島に一つだけ食料をもっていくとしたら、チアより優れたものはそうそうない。少なくとも、筋肉をつけ、コレステロール値を下げ、心臓病のリスクを減らしたい人にとってはそうだ。チアを食べつづければ、数ヶ月後には泳いで家に帰れるだろう。







チアはかつて非常に重宝され、アステカ族が王への貢ぎ物にするほどだった。アステカ族の使者はチアの種を噛んで戦場へと走り、ホピ族はアリゾナから太平洋までの壮大なランのあいだにチアで栄養を補給した。

メキシコのチアパス州はじつはこの種子にちなんで命名されている。チアの種はトウモロコシや豆とならぶこの州の商品作物だった。



また、「黄金の液体」とも呼ばれているのに、チアは馬鹿バカしいほど育てやすい。〈チア・ペット〉さえ買えば、自前の悪魔ドリンク完成まであと少しだ。

そのうえ、ヨウ素がほどほどに溶けたころに思い切って二、三口飲んでわかったのだが、この悪魔のドリンクはすこぶるうまい。薬品の後味があってなお、イスキアテはライムの香り豊かなフルーツパンチのようにノドを潤してくれた。

カバーヨ探しで興奮していたせいかもしれないが、数分もすると爽快な気分になり、前夜、凍りかけた土間で寝たために午前中ずっと感じていた軽い頭痛まで消えていた。
















引用:BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”




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