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2016年11月5日土曜日

「走らなくなるか歳をとるのだ」[Born to Run]



話:クリストファー・マクドゥーガル





「じつに面白い話があります」

とブランブル博士は言った。

「われわれは2004年のニューヨークシティマラソンの結果を調べて、年齢別にタイムを比較してみました。それでわかったんですが、19歳を振り出しとして、ランナーたちは毎年速くなり、27歳でピークに達する。27歳をすぎると、タイムは落ちはじめるのです。

さて、ここで問題。19歳のときと同じスピードに戻るのは何歳のときか?」



オーケー。

私はノートをめくって新しいページを開き、数字を書きなぐりはじめた。27歳で自己ベストに達するまでに8年かかる。速くなるのと同じペースで遅くなるとしたら、19歳のタイムに戻るのは36歳。8年かけて上がり、8年かけて落ちるわけだ。

だが、"引っかけ" があるのはわかっていたし、それはつまり、タイムが向上するときと同じ速さで衰えるのかどうかが問題にちがいなかった。

「おそらく一度獲得したスピードはなかなか同じようには落ちていかないでしょう」

と、そう私は判断した。

26歳でマラソンの世界記録を破ったハリード・ハヌーシは、36歳になっても2008年の米国のオリンピック選考会で4位に食いこむ速さがあった。数々の故障があったにもかかわらず、10年間で10分しか遅くなっていない。このハヌーシ曲線に敬意を表して、私は回答を40歳に引きあげた。



「40…」

と言いかけたところで、ブランブルの顔に笑いが浮かぶのが見えた。

「…5」

と急いで言い足した。

「45でしょうか」



「はずれ」

「50?」

「いやいや」

「55はありえない」

「そのとおり、ありえない。」ブランブルが言った。

「答えは64です」



「本当に? とすると…」

私はざっと計算式を書いてみた。

「とすると、45歳の差がある。10代のランナーが3倍の年齢の人に勝てないと言うのですか?」

「たまげるでしょう?」

ブランブルも同じ意見だった。

「64歳が19歳と互角に渡り合う競技を、ほかに挙げてみてください。水泳? ボクシング? 接戦にもならない。われわれ人間にはじつに不思議なところがあります。持久走が得意なばかりか、きわめて長期間にわたって得意でいられる。われわれは走るためにつくられた機械 -- そして、その機械は疲れを知らないのです」


You don't stop running, because you get old.
人は歳をとるから走るのをやめるのではない

とディップシーの鬼は、いつも言っていた。

You get old, because you stop running.
走るのをやめるから歳をとるのだ





宇宙飛行士は地球に帰還したとき、数日間で何10歳ぶんも老化していた。骨は弱くなり、筋肉は萎縮した。不眠、鬱、急性疲労、倦怠感に悩まされ、おまけに味覚まで衰えていた。

長い週末をソファでテレビを見ながら過ごしたことがある人なら、その感覚がわかるだろう。この地球にわれわれは無重力空間を現出させたのだ。身体が果たすべき仕事を奪い、その代償を払っている。

西洋における主な死因、心臓病、脳卒中、糖尿病、鬱病、高血圧症、10数種類の癌…、のほとんどを、われわれの祖先は知らなかった。医学もなかったが、ひとつ特効薬があった。あるいは、ブランブル博士が立てた指の数から判断すると、ふたつ。



「この療法だけで、病気の蔓延をまさしく直ちに止めることができるのです」

と博士は言った。そして2本の指をさっと立ててピースサインをつくり、それをゆっくりと回転させて下向きにし、宙で指を交互に動かす。ランニングマンだ。

「ごく単純なことです」

と博士は言った。

「脚を動かせばいい。走るために生まれたと思わないとしたら、あなたは歴史を否定しているだけではすまない。あなたという人間を否定しているのです」









引用:クリストファー・マクドゥーガル『Born to Run』




2016年8月20日土曜日

悪魔のドリンク「チア・フレスコ」



話:クリストファー・マクドゥーガル
Christopher McDougall







峡谷からでる長い登りにむけて出発しようというとき、アンヘルはへこんだブリキのカップをよこし、「これを飲めば、かならず役に立つ」と請けあった。

「きっと気に入る」

と彼は断言した。



わたしは中をのぞいてみた。カップの中身はドロドロしていて、米抜きのライスプディングのように見えた。

黒い斑点のついた泡がたくさんあって、これは ”孵化直前のカエルの卵” にちがいない。もし別の土地でこんなものに出くわしたら、悪ふざけとしか思えないだろう。まるで子供が金魚鉢から上澄みの泡をすくい取り、私をだまして味見させようとしているようなものだと。

穏当な線で考えても、おそらく発酵した植物の根と、川の水を混ぜたもの、つまり、味には我慢できたとしても、バクテリアが原因で吐き出すはめになる。



「どうも」

と言いながら、わたしはサボテンの裏にでも中身を捨てられないかと、あたりを見回した。

「これは何です?」

「イスキアテだ」



聞き覚えがある…。

そうだ。不屈のルムホルツはかつて過酷な探検の最中に、食べ物を求めてタラウマラ族の家によろよろと入っていったことがあった。前方には、日暮れまでに登らないといけない山が立ちはだかっていた。ルムホルツは疲れはて、絶望的な気分だった。どう考えても、あの山を登る力はのこっていない。

「ある午後おそく、洞窟にたどり着くと、女性がこの飲み物をつくっているところだった」

とルムホルツは後に書いている。

「私はひどく疲れ、600メートルほど上方の野営地まで、どう山腹を登ったものか途方に暮れていた。ところが、イスキアテで飢えと渇きを満たすと…」

と彼はつづける。

「むくむく新たな力が湧き立つのを感じ、われながら驚いたことに、大した苦労もなく高峰にのぼることができたのである。以後、イスキアテはいつでも困ったときの友となり、力をみなぎらせ、回復させてくれた。これは発見といって差し支えないだろう」



まさに、自家製の〈レッドブル〉!

これを試さない手はない。





「あとでいただきますよ」

と私はアンヘルに言った。そしてイスキアテを、ヨウ素の錠剤で消毒済みの水が半分はいった腰のボトルにそそぎ、さらに2錠を追加した。私はくたくたに疲れていたが、ルムホルツとは違って、水が媒介するバクテリアが原因で一年間の慢性的な下痢に苦しむリスクを冒すほど自暴自棄にはなっていなかった。



数ヶ月後に知ったのだが、イスキアテは

「チア・フレスカ(冷たいチア)」

とも呼ばれている。






作り方は、チア(サルビア・ヒスパニカ)の種を水に溶き、少量の砂糖とライムの絞り汁をくわえるというもの。

含まれる栄養素からいうと、スプーン一杯のチアは、鮭とホウレン草、ヒト成長ホルモンを材料にしたスムージーに近い。小さな種のなかに、オメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸、タンパク質、カルシウム、鉄、亜鉛、食物繊維、抗酸化剤がつめこまれている。

無人島に一つだけ食料をもっていくとしたら、チアより優れたものはそうそうない。少なくとも、筋肉をつけ、コレステロール値を下げ、心臓病のリスクを減らしたい人にとってはそうだ。チアを食べつづければ、数ヶ月後には泳いで家に帰れるだろう。







チアはかつて非常に重宝され、アステカ族が王への貢ぎ物にするほどだった。アステカ族の使者はチアの種を噛んで戦場へと走り、ホピ族はアリゾナから太平洋までの壮大なランのあいだにチアで栄養を補給した。

メキシコのチアパス州はじつはこの種子にちなんで命名されている。チアの種はトウモロコシや豆とならぶこの州の商品作物だった。



また、「黄金の液体」とも呼ばれているのに、チアは馬鹿バカしいほど育てやすい。〈チア・ペット〉さえ買えば、自前の悪魔ドリンク完成まであと少しだ。

そのうえ、ヨウ素がほどほどに溶けたころに思い切って二、三口飲んでわかったのだが、この悪魔のドリンクはすこぶるうまい。薬品の後味があってなお、イスキアテはライムの香り豊かなフルーツパンチのようにノドを潤してくれた。

カバーヨ探しで興奮していたせいかもしれないが、数分もすると爽快な気分になり、前夜、凍りかけた土間で寝たために午前中ずっと感じていた軽い頭痛まで消えていた。
















引用:BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”




2016年4月1日金曜日

ダーウィンとカーネギーの勘違い



話:クリストファー・マクドゥーガル







チャールズ・ダーウィンでさえ英雄たちに当惑していた。

科学に対するダーウィンの偉大な貢献は、あらゆる生命を純粋数学に単純化したことだった。つまり、地上における唯一の目的は倍々となる繁殖であると。あなたがすることはどれも、あなたがもつ本能はどれも、子をつくって自分の複製をできるだけ多く残したいという進化上の衝動だというわけだ。

その観点から見ると、ヒロイズムは意味をなさない。生物学的な見返りの保証がないのに、なぜほかの人間のために死ぬリスクを冒すのか? わが子のために死ぬ。それなら賢明だろう。ライバルの子供のために死ぬのは?

遺伝上の自殺だ。

精力にあふれる健康な英雄を何人育てようと、性欲旺盛な自分本位のろくでなしがまわりに一人いるだけで、あなたの血統は絶滅する。自分本位のろくでなしの子供たちは成長して繁殖し、英雄たる父(hero dad)をもつ子供たちは、いずれ父親を模範として自分を犠牲にし、死に絶える。ダーウィンはこう結論づけた。

「多くの未開人がそうだったように、仲間を裏切るくらいなら自身の命を犠牲にしようという覚悟のあった者は、往々にしてその高潔な性質を受け継ぐ子孫を残さない」

では、自然淘汰(natural selection)によって生まれながらの英雄的資質(natural heroism)が排除されるとしたら、それがいまも存在するのはなぜなのか?






アンドリュー・カーネギーもダーウィンと同じく困惑していた。この19世紀の鉄鋼王は人間性を読み取る能力で財産を築いたが、ヒロイズムという特異な個性は彼にも読み解けなかった。

13歳でスコットランドから合衆国にやってきたとき、カーネギーは極貧で、ほとんど教育も受けていない移民だったが、運よく鉄道関連の仕事にありつくと、当時の冷酷きわまりない強欲漢たち --人を食い物にするとの悪名をはせたJ.Pモーガンなど-- を出し抜く技量のおかげで、とんとん拍子に鉄鋼業界のトップに上りつめた。

金が欲しかった彼は、勤勉に働き、巧みに投機をした。魔術めいたところはどこにもない。だが、無償でもっと奮闘し、もっとリスクを冒す人間のことは、どう説明したらいいのか?



カーネギーは英雄たちにいたく興味をそそられ、彼らを探しはじめる。

1904年、報奨と研究を目的にカーネギー英雄基金(hero fund)を開設した。ここでは純粋な利他主義者だけがその資格を満たすとされ、消防士や警察官、わが子を救う親は対象にならない。毎年、この基金では英雄的行為の事例を国じゅうから収集し、性や地域、年齢、事例別に分類して、英雄やその遺族に賞金を授与する。

カーネギーはまもなく、セルマ・マクニーのことを耳にした。アパートの屋上から燃えている隣のビルに跳び移り、炎に閉じこめられた子供ふたりを助けた10代の少女だ。ウェイヴァ・キャンプレドンというニューメキシコ州の70歳の女性が、傷を負いながらも二頭の猛犬と園芸用の鍬で戦いつづけ、隣人を救ったという報告もあった。また、25歳のオレゴン州の主婦、メアリ・ブラックは「4枚のスカートがじゃまだった」が、氾濫した川に二度飛びこみ、溺れていた姉妹2人を救出した。



ここには何かパターンみたいなものがあるのだろうか? カーネギーは考えあぐねていた。自分の目にしているものは再現可能なパフォーマンス・モデルなのか、それとも幸運な偶然が重なり、適材が適所に、ときに鍬を伴って現れたにすぎないのか。

というのも、もしヒロイズムを一つの公式 --一つのアート-- に要約できたなら、なんと素晴らしいことだろう! 自分は平和を実現する世界の偉人の一人として歴史に名を残し、キリストと並び称されるはずだ。誰もが守護者になれば、もはや守ってもらえない人などいなくなる。どの教室にもノリーナ・ベンツェルのようなヒーローが、どの家庭にもセルマ・マクニーが、どの川岸にもメアリ・ブラックがいるようになる。

カーネギーは強面の闘士という評判だったが、実際は平和主義者で、暴力とは病気であり、人が --ひょっとするとカーネギー本人にも-- 治せるものだと信じていた。だが結局、彼はあきらめた。カーネギーはその後も英雄に報奨金を提供しつづけるが、彼らを理解することはなかった。

「この基金でヒロイズムを刺激したり引き起こしたりできるとは思わない」

と認めている。

「英雄的行動は、衝動によるものだと重々承知している」





衝動によるもの。

それがカーネギーの間違いだった。

カーネギーもダーウィンも科学を究めようとしていたが、この問題への取り組み方はまるで詩人だった。犠牲…、裏切り…、高潔…、衝動…、どれも意思を定義する言葉であって、

行動の描写ではない。

カーネギーとダーウィンは、行動に、つまり

どのように?

という冷厳な事実に焦点を当てるべきなのに、思考と感情 --なぜ?-- に思いをめぐらせていた。

探偵は捜査のはじめに動機について頭を悩ませたりしない。

それは

どこまで皮をむいても中身にたどり着けない無限のタマネギ

だ。まずは

何をしたか

を突き止めるべきで、そうすれば、あるいは理由も見えてくる。





ヒロイズムとは、謎に包まれた内なる美徳などではない、とギリシャ人は信じていた。どんな男女も習得できる

スキルの集まり

で、だから窮地に立たされたら誰もが”守護者”になれるのだ、と。







引用:ナチュラル・ボーン・ヒーローズ―人類が失った"野生"のスキルをめぐる冒険