2020年9月9日水曜日

津軽の「カマドケシ」

 


その畑の主が、カマドケシという、津軽弁の最悪のアダナで呼ばれているのは、仕方のないことだったかもしれない。


その畑のリンゴの木には、果実がほとんどついていない。葉の数も奇妙なくらい少なかった。夏だというのに、すでにかなりの葉が落ちている。


なぜ?


農薬を散布しないからだ。この6年間というもの、畑の主はリンゴ畑に一滴の農薬も散布していない。この何年かは花も咲かなくなった。


カマドケシは「竈(かまど)消し」だ。一家の生活の中心である竈を消すとは、つまり家を潰し家族を路頭に迷わせるということ。



男の目はただひたすら、一匹の害虫の動きを追いかけていた。


その日、男が熱心に見つめていたのはシャクトリムシだ。


男は朝からずっと、そのシャクトリムシの行動の一部始終を、リンゴの木の下で飽きもせずに眺めていた。


「あんまり葉っぱ喰うんでないよ」


虫にそんなことを言い聞かせている。



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