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2014年3月10日月曜日

写真に写らぬ大師のおからだ [ヨガナンダ]



話:パラマハンサ・ヨガナンダ

 大師(ラヒリ・マハサヤ)は、写真を撮られるのがひどくお嫌いのようであった。あるとき、大師の反対を押し切って、ロイ氏を含む何人かの弟子たち(devotees)が、大師を囲んで写真を撮った。

 ところが、それを現像してみると、驚いたことに、弟子たちの姿はみなはっきりと写っているのに、ちょうど中央の、ラヒリ・マハサヤ大師の姿の写っているべき場所だけ空白(a blank space)になっていた。この現象は広く人々の話題になった。

 弟子の一人でガンガ・ダールという、名の知られた写真家は、これを聞くと、いかに大師の姿がとらえにくくても、自分なら必ず写して見せると公言した。翌朝、彼はカメラを携えてやって来た。大師はつい立てを背にして、瞑想の姿勢(lotus posture)で木のベンチにすわっておられた。ガンガ・ダールは、あらゆる周到な準備をして、なんと12枚も撮影した。

 だが、現像の結果は同じだった。そのどれにも、木のベンチとつい立ては写っていたが、大師の姿(master's form)は、またしても消えていた。すっかり面目を失ったガンガ・ダールは、悄然として涙を流しながらラヒリ・マハサヤ大師の前に出た。大師が、長い沈黙を破って彼に意味深い言葉をかけられたのは、かれこれ数時間もたってからであった。

「わたしは霊(spirit)だ。お前のカメラは偏在の見えざる霊(the omnipresent invisible)をも写すことができるのかね?」

「いいえ、それは存じております、聖なる大師様。しかし私は、神の宮(the bodily temple)としてのあなたのおからだの写真がどうしても欲しいのでございます。私は、きょうまで未熟のため、そのおからだがかくも完全な霊の宮であることを知らなかったのでございます」

「では、あすの朝来なさい。写るようにしてやろう」

 翌朝、この写真家は、再びカメラの焦点を合わせた。聖なるみ姿(the sacred figure)は、今度は神秘の幕(mysterious imperceptibility)に遮られることなく、くっきりと原板に写った。大師が写真の撮影に応じられたのは、私の知るかぎり、後にも先にもこの時だけである。

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出典:『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ


乳児のころの記憶 [パラマハンサ・ヨガナンダ]


話:パラマハンサ・ヨガナンダ


 私は、乳児のころに味わわされた"やりきれない屈辱感(the helpless humiliations)"を、今でも覚えている。

 まだ歩くこともできず、思う事を自由に表現することのできなかった私は、いらだたしさによく腹を立てた。そして、肉体の不自由さ(my bodily impotence)を意識するにつれて、祈りの本能(prayerful surges)が大波のように湧いてきた。私の心の中には、強烈な感情を表現しようとするいろいろな言語が入り乱れた。こうした不自由さから来る内的混乱(inward confusion)を味わいながらも、私の耳はしだいに、まわりの人たちの話すベンガル語に慣れていった。

 乳児の心の中には、おもちゃや、たわいもない遊びに熱中するほかに、大人には想像も及ばぬ領域(the beguiling scope)があるのである。心理的不満と肉体的不自由さは、しばしば私を強情な泣き虫(obstinate crying-spells)にした。家族たちが私のかんしゃく(distress)をもてあまして途方に暮れていたのを、今でも思い出すことができる。

 乳児のころの記憶(memories of infancy)を断片的ながらもはっきりともっている例は、珍しいことではない。私は方々の国々に旅をして、誠実な人たちがそのころの思い出を語るのをよく耳にした。

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 引用:『あるヨギの自叙伝』 パラマハンサ・ヨガナンダ