2020年9月9日水曜日

「いつか必ず答えに巡り合う」木村秋則

 

…


木村の人生がNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組で紹介されたのが、その12月の初めのことだった。


「あの時、あなたがしゃべった一言一言が心に残ってますって、いろんな人が言ってよこすんだけどな。わたし何をしゃべったべなぁ…。バカだから、よく覚えてないのさ」



そう言って、木村は「歯のない口」を大きく開けて笑った。


木村はまだ50代だったが、すでにほとんどの歯を失ってしまっていた。


「わたしはリンゴの葉と自分の歯を引き替えにしたのさ」


と、下手なダジャレを言って、自分で大笑いしている。



「自殺を考えてたっていう若い人からも電話あったな。何をやっても駄目で、就職口もないし、家へも戻れない。それで死ぬことを考えていたんだけど、あのテレビを見て思い直しました、やっと生きる気持ちが湧きましたとな」


木村さんはそういう時、どんな話をするんですか、と聞くと、


「『バカになればいいんだよ』と言いました。死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい。同じこと(自殺)を考えた先輩として、ひとつだけわかったことがある。


ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができるんだよ、


とな」


…


津軽の「カマドケシ」

 

…


その畑の主が、カマドケシという、津軽弁の最悪のアダナで呼ばれているのは、仕方のないことだったかもしれない。


その畑のリンゴの木には、果実がほとんどついていない。葉の数も奇妙なくらい少なかった。夏だというのに、すでにかなりの葉が落ちている。


なぜ?


農薬を散布しないからだ。この6年間というもの、畑の主はリンゴ畑に一滴の農薬も散布していない。この何年かは花も咲かなくなった。


カマドケシは「竈(かまど)消し」だ。一家の生活の中心である竈を消すとは、つまり家を潰し家族を路頭に迷わせるということ。


…


男の目はただひたすら、一匹の害虫の動きを追いかけていた。


その日、男が熱心に見つめていたのはシャクトリムシだ。


男は朝からずっと、そのシャクトリムシの行動の一部始終を、リンゴの木の下で飽きもせずに眺めていた。


「あんまり葉っぱ喰うんでないよ」


虫にそんなことを言い聞かせている。


…


腐らないリンゴ

 

…


シェフの井口さんが、リンゴをきざみながら呟きます。


「腐らないんですよね…」


厨房で、2年前から保存されていた、2つに割ったリンゴ。


通常、リンゴは切ったまま置いておくと、すぐに茶色く変色し、やがては腐ってしまいます。しかし、その「木村さんのリンゴ」は腐ることなく、まるで「枯れた」ように小さくしぼんでいました。


「農薬も肥料も使わず、たわわにリンゴを実らせる」


そんな農家がいる。


その農家、木村さんの作るリンゴは、農薬どころか有機肥料も一切使わず、そして「腐らない」といいます。




木村さんは、とにかく「よく笑う人」でした。

自分で冗談を言っては笑い、誰かの言葉に笑い、そして辛い思い出を話していても、最後はなぜか笑うのでした。

…

そのリンゴは、私がこれまで食べていたものとは「まったく違う果物」でした。

噛むとパリンと音がしそうなほど、しっかりとした歯ごたえ。強烈な甘味と酸味。まさに、木村さんが「樹(き)の実」と呼ぶのにふさわしい、野生の味でした。

…



「奇跡のリンゴ」まえがきより

2020年9月6日日曜日

万巻の書たる「大地」


話:サン・テグジュペリ

…

大地は僕ら自身について万巻の書よりも多くを教えてくれる。
なぜなら大地は僕らに抗(あらが)うからだ。
人間は障害に挑むときにこそ自分自身を発見するものなのだ。

ただし、障害にぶつかるには道具が要る。
犂や鍬が要る。
農夫は土を耕しながら、自然の神秘を少しずつ暴いていく。

そうやって手にする真実は、普遍的な真実だ。

…


2020年8月15日土曜日

水車のおしえ『二宮翁夜話』


『二宮翁夜話』

第三 天道人道の辨

翁曰(いわく)、

夫(それ)人道は譬(タトヘ)ば、水車(ミヅグルマ)の如し。

其形半分は水流に順(シタガ)ひ、半分は水流に逆(さか)ふて輪廻す、丸に水中に入れば廻らずして流るべし、又水を離るれば廻る事あるべからず。

夫(それ)仏家に所謂(イワユル)知識の如く、世を離れ欲を捨(ステ)たるは、譬(タトヘ)ば水車の水を離れたるが如し、又凡俗の教義も聞(キカ)ず義務もしらず、私欲一偏に着(ヂヤク)するは、水車を丸に水中に沈めたるが如し、共に社会の用をなさず。

 故に人道は中庸を尊む、水車の中庸は、宜(ヨロシ)き程に水中に入て、半分は水に順(シタガ)ひ、半分は流水に逆昇りて、運転滞らざるにあり。

人の道もその如く天理に順ひて種を蒔き、天理に逆(サカ)ふて草を取り、欲に随(シタガヒ)て家業を励み、欲を制して義務を思ふべきなり



参考:

国会デジタルコレクション『二宮翁夜話』

 資料31 二宮尊徳 『二宮翁夜話』 (巻之一~巻之五)