2013年11月1日金曜日

禅と『ライ麦畑でつかまえて』



話:重松宗育(承元寺 住職)



サリンジャーは早くから禅に深い関心を抱いた作家で、それは作品を読めば明らかである。

メアリーはニューヨーク第一禅堂を守った、禅の修業をつんだ女性であるが、この作家と禅との関わりについて、”サリンジャー秘話”を語ってくれた。

ある雪のふる日のこと、ニューヨーク第一禅堂の玄関に、一人の背の高い青年が現れ、サリンジャーと名乗ったという。その時のことが非常に印象的だったので、メアリーはよく覚えていた。サリンジャーが作家として名を知られる前のことだから、ことさらに注目されることもなく、みんなと一緒に坐禅を組んだらしい。





1951年に出たサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』。20世紀前半・後半を分ける節目の年、この作品が世に出たことに私は象徴的な意味を感じている。まっしぐらに人間が欲望の実現に疾走した20世紀前半から、その結果として生じた様々な難題をかかえて生き方を模索せざるをえない20世紀後半へと突入する年だからである。

『ライ麦畑でつかまえて』の主人公は、高校を中退になった16歳の少年ホールデンで、精神性を欠く周囲の大人たちを「フォーニー(俗物・偽物)」と呼んで反抗した。





この『ライ麦畑でつかまえて』は出版後、現在にいたるまで超ベストセラーとして、世界の若者を中心に読まれてきた。それに続く『九つの物語』では、白隠の「隻手の音声(おんじょう)」の公案をとりあげ、"one-hand clapping" や "koan" という言葉が英語として知られることになった。











引用:
重松宗育「D.T.スズキの英語公演 ——1950年代、ビート世代との関わり」
鈴木大拙『大拙 禅を語る―世界を感動させた三つの英語講演 (CDブック) 』より



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