2016年3月24日木曜日

脂肪と筋膜 [Natural Born Heroes]



話:クリストファー・マクドゥーガル







ナチスでさえクレタ上陸時には、

まったく異質な戦い

に突入したことに気づいていた。戦争犯罪で死を宣告された日、ヒトラーの最高司令部総長は、ニュルンベルク裁判の判事たちのせいにはしなかったし、敗戦を兵士のせいにせず、失望を総統のせいにすることもなかった。彼らが責めたのは

〈英雄たちの島〉

だったのだ。

「ギリシャ人の信じがたいほど強力な抵抗に遭い、ドイツのロシア侵攻には2ヶ月以上の致命的な遅れが生じた」

とヴィルヘルム・カイテル将軍は、絞首刑に処させる直前に嘆いた。

「この大幅な遅延がなかったなら、戦争の結末はちがっていた…。今日ここには、ほかの人間が座っていただろう」

そして、ギリシャのどこよりも独創的で、迅速で、我慢強いレジスタンスが展開されたのが

クレタ島

だった。とすると、彼らはいったい、どんな手を使ったのだろう?





その問いが謎ではなかった時代があった。

人類の歴史上、長きにわたり英雄の技術(Art)とは、なにか偶然に身につく類いのものではなかったのだ。それは最適な栄養、肉体のセルフコントロール、心を整えること(Mental conditioning)に徹した、多分野にまたがる努力の賜物だった。英雄のスキルは研究され、訓練され、磨きあげられ、親から子、教師から生徒へと受け継がれた。

英雄の技術とは勇敢であることではない。

要求にかなう能力があることであり、勇敢さはそこでは関係なかった。大義のために倒れることがあってはならず、けっして倒れないための手立てを見つけることが目標だった。

アキレウス(アキレス)やオデュッセウスをはじめ、古典的な英雄は死ぬという考えを嫌い、人生の一瞬一瞬を切り開いていった。英雄が不滅となるチャンスはひとつ、闘士(champion)として記録されることで、チャンピオンというのは愚かな死に方をしない。すべては、強さ、耐久力(endurance)、敏捷性(agility)といった、

自分がそんなものを持ち合わせているとは多くの人が気づいていない、とてつもなく豊かな資質

を解き放つ能力にかかっていた。



英雄たちは、糖の即効性に頼るという、現在おなじみのやり方ではなく、

体内の脂肪を燃料にする方法

を身につけた。あなたの身体のざっと5分の1は、蓄積された脂肪だ。それは上質な熱エネルギーで、点火されるのを待っていて、食べ物をまったく口にしなくても山を登り下りするのに余りあるほどのパワーがある。ただし、そのやり方を知っていれば。

Fat as Fuel
燃料としての脂肪

という秘訣を、耐久レースに挑むほとんどのアスリートは忘れているが、これを復活させると目覚ましい効果が得られる。史上最も偉大なトライアスロン選手、マーク・アレンが大躍進を遂げたのは、

炭水化物の代わりに体脂肪を燃焼させる方法

を発見してからだ。それは競技に対する彼のアプローチを一新させ、アレンはアイアンマン世界選手権を6度制覇、出場したほぼすべてのレースで3位以内に入り、1997年には「世界一壮健な男(World's fittest man)」と認められた。



英雄たちは筋肉で身体を大きくすることもなかった。代わりに頼りにしていたのが、

身体のゴムバンドともいえる強力な結合組織、筋膜

の無駄のない効率的な力だ。





 ブルース・リーは、女性が創始した唯一の武術、詠春拳に魅せられるまでは並みの武術家だった。詠春拳は筋肉の代わりに

筋膜の伸縮力

を使う。ブルース・リーは筋膜のパワーを利用することに熟達し、寸打(One inch panch)を完成させて、拳をかすかに動かすだけで、自分の2倍の体格の男を部屋の向こうへ突き飛ばしてみせた。

筋膜の力は誰にでも平等に具わった、尽きることのない資源

だ。これこそマサイ族の戦士がジャンプの儀式で頭の高さまで跳ねることができる理由だし、史上最も破壊力があるといえる護身術、ギリシャのパンクラティオンとブラジリアン柔術の真髄にもなっている。





英雄は不測の事態に対処できなければならなかった。

彼らは”自然な動き(Natural movement)”を練習することで、脳の扁桃体を鍛えた。ナチュラル・ムーブメントこそ、かつて人類が知っていた唯一の動き方だ。人間は、さまざまな地形をなめらかに移動できなければ生き延びることすらままならなかった。行く手に障害物があれば、身体を曲げてよけ、果敢に跳んで正確に着地しなければならなかった。

1900年代前半、フランスの海軍将校ジョルジュ・エベルはひたむきにナチュラル・ムーブメントの研究に取り組んでいた。子供たちが遊ぶ様子、--走ったり高いところに登ったり取っ組みあいをしたり-- を見て、

自発的で即興的な動き

の重要性を理解するようになったのだ。エベルからナチュラル・ムーブメントを学んだ弟子たちは、強さ、速さ、敏捷性、耐久力のテストで、世界クラスの十種競技選手にひけをとらない得点を記録した。



だからこそギリシャ人は英雄の出現を待たなかった。代わりに自分たちでつくりあげたのだ。

彼らが完成させた英雄食は、空腹を抑え、力を高め、体脂肪を高性能燃料に変換する。ギリシャ人は恐怖やアドレナリンの放出を制御するテクニックを開発し、筋肉よりもはるかにパワフルで効果的な身体の弾性組織、筋膜に秘められた驚異的な強さを活かすことを学んだ。2000年以上もまえに、

われわれ誰もの内にいる英雄

を解き放つことに本気で取り組んだのだ。そしてそのまま、彼らは姿を消した。





英雄のスキルは、いまやバラバラになっているが、少し探せばどれも見つかる。

ブルックリンの公園の茂みに分け入った元バレリーナは、古代ギリシャ人が頼りにしていたのと同じスーパーフードを買いもの袋いっぱいに詰め込んで戻ってくる。ブラジルでは、かつての海辺の行商人がナチュラル・ムーブメントの失われた技術を復活させているところだ。さらに、アリゾナ州の人里離れた黄塵地帯オラクルでは、寡黙な天才が偉大なアスリート数人、--そしてなぜか音楽畑のジョニー・キャッシュとレッド・ホット・チリ・ペッパーズ-- に

体脂肪を燃料として使う古来の秘密

を教えてから砂漠へと消えた。



だが、最高の学習ラボは敵陣の山中の洞窟にあった。第二次世界大戦中、ギリシャの羊飼いたちと英国の若いアマチュアたちの一団が、10万人のドイツ軍と戦う計画を立てた場所だ。

彼らは生まれついての強靭な身体をもつわけではなく、専門の訓練を受けたわけでも、勇敢さで知られていたわけでない。お尋ね者で、見つかりしだい即刻処刑だと宣告されていた。

ところが彼らは、断食すれすれの食事だけで突き進むことができた。追跡され、つけねらわれるうちに、より強くなっていた。

Natural Born Heroes
生まれついての英雄たち

となり、史上最大の英雄オデュッセウスにならって、自分たちなりのトロイの木馬を企てようと決意したのだ。それは決死のミッションだった。誰にとっても、つまり、この古代の技術を習得していない者にとっては。







引用:ナチュラル・ボーン・ヒーローズ―人類が失った"野生"のスキルをめぐる冒険




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