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2016年11月11日金曜日

隕石の教える「太陽系の歴史」



隕石は、どこから来るのか?






その大部分は、火星と木星のあいだにある「小惑星帯(アステロイドベルト、asteroid belt)」からやって来る。この一帯は小惑星の宝庫であり、軌道がわかっているものだけでも30万個以上の小惑星が確認されている。

そうした小惑星のカケラが、ときに隕石となて地球に飛来するわけだ。その成分を分析してみると「地球にはない物質」が含まれていることがある。







そして不思議なことに、隕石の多くが「46億年前」に形成されていることが判っている。月もまた然り。

「つまり、われわれの太陽系が誕生したのは、その頃(46億年前)なんじゃないかと、隕石が教えてくれているわけです」







1970〜80年代、理論天文学者の林忠四郎氏は、太陽系の形成過程を「京都モデル」として提唱した。

そのシナリオはこうだ。

およそ46億年前、太陽の元となる「原始太陽」が誕生。その周りをガス(水素やヘリウム)や塵(炭素や砂)取り囲み、円盤のような形になる(原始太陽系円盤)。そして、ガスや塵が濃くなった部分から「微惑星」が形成され、衝突や合体をくりかえして、より大きな「原始惑星」へと成長していく。さらに衝突・合体がくりかえされると、はい、地球のできあがり、となる。







国立天文台の小久保英一郎氏は、太陽系が現在の形にまで成長する様子を、スーパーコンピューターを用いて再現してみた。

小久保氏は何十万という塵の粒を、コンピューターにインプット。重力や運動法則にしたがって、それら無数の粒々がどんな動きをしていくのかを、一秒間に1兆回の計算をして観察。

すると、最初は均一に散らばっていた粒々に、すこしずつムラが生じはじめる。そのムラは時間とともにだんだんと大きくなっていき、10万年経ったころには、大きさが数kmの「微惑星」があらわれていた。そして衝突・合体をくりかえしながら直径が1,000kmを超える「原始惑星」が誕生。一億年もすると地球サイズの惑星になっていた。

小久保氏は言う。

「原始惑星が平均10回衝突すると、地球サイズの惑星ができあがります。地球のような惑星ができるのに奇跡は必要ありません。太陽系の外にはすでに、地球と似たような環境にある惑星がたくさん見つかっています」







ところで、われわれの太陽系には、大きくわけて2つのタイプの惑星が存在する。一つは地球をはじめとする小さめの岩石系、そしてもう一つは木星のような巨大なガス惑星。

「どうして、木星や土星はこうもデカいんだと思いますか?」

それは「太陽からの距離」が深く関係しているという。

「太陽から近いところでは、太陽から発せられる凄まじいエネルギーによって、ガスなどの軽い成分が吹き飛ばされてしまいます。その結果、太陽に近い水星・金星・地球・火星には、個体である岩石ばかりが残されました。一方、太陽からより遠い木星・土星には、軽いガス成分が大量に吹き飛ばされてきました。だから、ぶよぶよと巨大化することができたんです」

では、もっと遠くにある天王星や海王星は、なぜ小さいのだろう?

「太陽から遠すぎるからです。星をつくる材料であるガスや塵があまり飛んでこなかったと考えられています」







30年ほど前、ハワイのすばる望遠鏡が「円盤状のガス」を世界ではじめて発見した。

それは「ぎょしゃ座」の星。誕生して100万年ぐらいの若い恒星だった。その周りには、林忠四郎氏の「京都モデル(のちに標準モデルとなる)」そのままに、円盤のようなガスが渦巻いていたのである。

2011年、観測装置の進歩によって、ぎょしゃ座AB星の円盤の一部に「切れ目」があることが確認された。

「ここには、生まれようとしている惑星があるのではないかと考えられています」











2016年9月20日火曜日

ガリレオとファラデー、すぐれた勘



話:V.S.ラマチャンドラン





古典的な例として、ガリレオが初期の望遠鏡を使用した話がある。

望遠鏡の発明者はガリレオだと思っている人がよくいるが、そうではない。1607年ころ、オランダの眼鏡職人ハンス・リッペルスヘイが、ボール紙の筒にレンズを2枚とりつけると遠くのものが近くに見えることを発見した。この装置は子どものおもちゃとして広まり、まもなくヨーロッパじゅうの見本市に登場するようになった。

ガリレオは1609年にこの道具のことを知り、たちまちその可能性に気づいた。彼は人のようすを探ったり、そのほかの地上の物体を眺めるのではなく、筒を空にむけた --それまでだれもしなかったことだ。



彼はまず月を眺め、月の表面のクレーターや谷や山がたくさんあるのを発見した。それは古来、天国のような場所と思われていた天体がそれほど完璧なものではないことを告げていた。天体は地上の物体と同様に、人間の眼で観察できる欠陥や不完全さに満ちていた。

ガリレオは次に望遠鏡を銀河にむけ、それが(それまで信じられていたような)均質な雲などではなく、無数の星からなっていることにたちまち気づいた。

しかし彼がいちばん驚いたのは、惑星すなわち「さまよう星」として知られていた木星を見たときだった。木星のそばに3つの小さな点を発見し(彼はただちにそれを未知の星と推定した)、数日後に一つが消えているのを見たときに、ガリレオはどれほどびっくりしたことか。さらに数日おいてもう一度見ると、消えていた点がまた見えたばかりか、もう一つ余分な点があり、全部で4つ見えるではないか。彼は一瞬のひらめきで、4つの点が(地球の月に相当する)木星の衛星で、木星のまわりを軌道を描いて回っていることを理解した。



それは途方もなく大きな意味をもっていた。

木星のまわりを回っている天体が4つある以上、すべての天体が地球のまわりを回っているのではないことが、一瞬のうちに証明されたからである。こうしてガリレオは、それまで君臨していた宇宙の地球中心説をしりぞけ、太陽が宇宙の中心であるとするコペルニクスの見解をその座につけた。

決定的な証拠が得られたのは望遠鏡を金星にむけ、それが月と同じように、ただし一ヶ月ではなく一年周期で満ち欠けをすることを発見したときだった。ガリレオはこの事実から、惑星はすべて太陽のまわりを軌道を描いて回っていることと、金星は地球と太陽のあいだに位置することを推定した。

以上のすべてが、2枚のレンズをつけたボール紙の筒から出てきた。方程式もグラフも量的な測定もない、「単なる」実例提示である。



医学部の学生にこの話をすると、たいていは、ガリレオの時代なら簡単にできただろうが、20世紀の現代では大きな発見はすでにされてしまっているし、高価な装置や細目にわたる測定なしでは新しい研究はできっこない、という反応が返ってくる。

まったくどうかしている!

今日でも驚くべき発見は、つねに目の前にぶらさがっている。むずかしいのはそれに気づくことだ。





たとえば電気や磁気に対する認識がどのように発展してきたかを考えてみよう。

人は何世紀ものあいだ、天然の磁鉄鉱や磁石について漠然とした理解をもち、それらを利用して羅針盤をつくっていたが、磁石を体系的に研究したのはヴィクトリア時代の物理学者マイケル・ファラデーが最初だった。

ファラデーは2つのきわめて単純な実験から驚くべき結果を引きだした。



一つめは小学生でも再現できる実験で、棒磁石の上に紙をのせ、そこに鉄やすりのくず粉をまくと、たちまち磁力線に沿ってならぶことを発見した(このとき初めて、物理の場の存在が実験的に示された)。

二つめの実験では、棒磁石を針金のコイルの中心に置いて前後に動かした。すると針金に電流が発生した。これらの形式ばらない実証的実験には深い意味があった。これによって初めて磁気と電気が結びついたのである。

これらの作用に対するファラデー自身の解釈は定性的なものにとどまったが、彼の実験が土台となって、数十年後にジェームズ・クラーク・マクスウェルの有名な電磁方程式 --近代物理学の基礎となる数式-- が生まれた。





学校の先生からファラデーの単純な実験のことを聞いたとき、そんな小さなことでそんな大きなことが達成できるのかと興味をそそられたのを憶えている。

ファラデーの実験の影響を受けた私は、以来ずっと高級な装置を好まず、科学の革命にはかならずしも複雑な機械は必要ではない、必要なのはすぐれた勘だけだと思っている。











引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




2012年9月15日土曜日

宇宙のごく一部しか見れない私たち

宇宙はとてもとても大きい。私たちが見ることのできる部分は、そのごく一部であり、全体は体積にして少なくとも、その1,000倍であることが実証的にわかっている。

万物を普遍的に説明する法則などありえない。そんなものは、惑星の温度は平均で15℃であると述べる定理とたいして変わりないだろう。惑星の温度が15℃であることを計算によって証明しようとするのはバカげている。



出典:日経サイエンス 2011年 12月号
「反逆児サスキンドに聞く 物理で実在は語れるか?」