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2016年10月3日月曜日

大陸移動という「たわごと」



話:V.S. ラマチャンドラン


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20世紀のはじめ(1912年)、ドイツの気象学者アルフレッド・ヴェゲナーは、南アメリカ大陸の東岸とアフリカ大陸の西岸が、巨大なジグソーパズルのピースのようにぴったり「あう」ことに気づいた。また、「メソサウルス」という淡水性の小型ハ虫類の化石が地球の2ヶ所、ブラジルと西アフリカだけで発見されることにも気づいた。

淡水性のトカゲがどうやって大西洋を泳いでわたったのだろうとヴェゲナーは考えをめぐらせた。この2つの大陸は遠い昔には一つの巨大な陸地だったのが、のちに分かれて離ればなれになったとは考えられないだろうか。






この着想に夢中になった彼は、さらに証拠をさがし、恐竜の化石が散在するまったく同じ岩層がアフリカ大陸の西岸とブラジルの東岸にあるのを発見した。

これは説得力のある証拠だが、驚いたことに地質学界はこれをはねつけた。「いまは沈んでいるが昔は2つの大陸をつなぐ陸橋があり、恐竜はそこを歩いてわたったにちがいない」というのが地質学界の見解だった。

1974年という近年においてさえ、英ケンブリッジのセントジョンズ・カレッジの地質学の教授は、わたしがヴェゲナーのことをもちだすと、首を横にふり、「まったくのたわごとだ」と怒気をふくんだ声で言った。






しかし私たちはいまでは、ヴェゲナーが正しかったことを知っている。

かれの説がしりぞけられていたのは、単に、大陸全体が浮動する原因となるようなメカニズムを、人々がまったく想像できなかったからだ。私たちみんなにとって自明のことがあるとすれば、それは大地が安定していることだ。

しかしプレートテクトニクス --どろどろした熱いマントルのうえを動く固いプレートに関する研究-- が知られるようになると、ヴェゲナーの説は信頼できるものとなり、万人の承認を勝ちとった。






この話の教訓は、ある考えを、それを説明するメカニズムを思いつくことができないという理由だけで、奇異な考えとしてしりぞけてはいけないということだ。

そしてこの理屈は大陸にも遺伝にも、イボにも想像妊娠にもあてはまる。なんといってもダーウィンの進化論が提唱され、ひろく受け入れられたのは、遺伝のメカニズムが明確に理解されるずっと前のことだった。



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引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




おなかに残った双子の一人[想像妊娠]



話:V.S.ラマチャンドラン





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あざやかな赤毛をきっちりと結いあげたメアリー・ナイト(32歳)は、モンロー博士の診察室に入り、椅子に腰かけてにこやかに笑った。

メアリーは妊娠9ヶ月で、これまでのところすべてが順調だった。待ちに待ったうれしい妊娠だったが、モンロー先生の診察を受けるのはこれが初めてだった。1932年のことで、経済状況がきびしく、夫は定職がなかった。だからいままでは、同じ通りに住む助産師と私的に話をしたことしかなかった。

しかし今日はちがう。しばらく前から赤ん坊がおなかを蹴るので、もうすぐ陣痛がはじまるのではないかという気がしていた。モンロー先生に健康診断と赤ん坊が正常な位置にいることの確認をしてもらい、妊娠の最終段階の指導を受けたいと思ってやって来たのだ。もう出産に備えなくてはならない時期だった。



モンロー博士はメアリーを診察した。

腹部のふくらみは非常に大きく低く、胎児はすでに下がってきているようだった。乳房もはちきれそうにふくらんで、乳首には斑点があった。

しかし何かがおかしい。

聴診器をあてても、はっきりとした胎児の心音が聞こえない。赤ん坊がおかしなほうにまわっているか、それとも何か問題があるのか。いや、そんなことではない。メアリーのへそがまるでおかしいのだ。

妊娠の確かな徴候の一つは、へそが反転すなわち突き出ることだ。メアリーのへそはふつうと同じように引っ込んでいる。「でべそ」ではなく「引っ込みべそ」なのだ。



モンロー博士は軽く口笛をならした。

「想像妊娠」のことは医学校で習っていた。妊娠したいと思いつめていると、--妊娠を極度におそれているケースもときおりあるが-- 本当の妊娠の徴候や症状がすべて出てしまうことがある。

腹部は、後ろにそった姿勢と不可解な脂肪の蓄積に助けられて、ものすごくふくらむ。乳首も妊婦と同じように色素が沈着する。月経は止まり、乳汁の分泌も、つわりもあって、胎児の動きも感じる。

すべてが正常に見えるが、一つだけちがう。

赤ん坊がいないのだ。



モンロー博士はメアリー・ナイトが想像妊娠であることを知ったが、しかしどう言えばいいのか。すべては彼女の頭のなかのことで、体の劇的な変化は思いこみによるものだなどということを、どう説明したらいいのか。

「メアリー」

彼はおだやかに言った。

「赤ちゃんはもうすぐです。今日の午後には生まれるでしょう。痛くないようにエーテルを使います。陣痛ははじまっていますから大丈夫です」



メアリーは大喜びで、おとなしく麻酔をうけた。陣痛のときにエーテルを使うのはふつうのことだったし、メアリーもそのつもりだった。

すこし経ってメアリーが目覚めると、モンロー博士は彼女の手をとってやさしくなでた。そして落ちつくのを待ってから言った。

「メアリー、お気の毒だが悪い知らせです。赤ちゃんは死産でした。できるだけの手はつくしましたが、だめでした。ほんとうに残念です」

メアリーは泣きくずれたが、この話を受け入れた。

するとたちまち分娩台の上で、腹部のふくらみがひいていった。



赤ん坊を失って彼女はうちひしがれていた。家に帰って夫と母親に話さなくてはならない。家中がどれほど落胆するだろう。

一週間がすぎた。

そしてモンロー博士を仰天させることが起こった。前よりも大きなおなかをしたメアリーが診察室に飛び込んできたのだ。

「先生!」

と彼女は叫んだ。

「また来ました。双子の一人がおなかに残っていたんです! おなかを蹴っています!」



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私はインドで生まれ育ったので、よく人から西洋文化に認識されていない心と体の結びつきがあると思うかと聞かれる。

ヨーガの行者はどうやって血圧や心拍数や呼吸をコントロールしているのですか? 熟達した行者は腸の蠕動を逆向きにできるというのは本当ですか(いったいなぜ、そんなことをしたいのかという疑問はさておくとして)? 病気になるのは慢性的なストレスのためなんですか? 瞑想すると長生きできますか?

もし5年前にこういう質問をされていたら、私はしぶしぶ認めるという態度で答えただろう。

「確かに心が体に影響をおよぼすことがあるのははっきりしています。明るい態度でいれば免疫系の働きが高まって、病気の治りが早くなることもあるでしょう。それにプラシーボ効果という、よくわかっていないものもあります --ある治療法を信じるだけで、健康状態が改善されるんですよ。実際に体がよくなるとまではいきませんが」



しかし心が不治の病をなおすという意見には、以前から相当に懐疑的である。それはただ西洋医学を学んだからではない。実験にもとづく主張に説得力のないものが多いからだ。

乳癌の患者で、積極的な生き方をしている人たちのほうが、病気を受け入れていない人たちより平均で2ヶ月長く生きるとして、それがどうだというのか。たしかに2ヶ月でもゼロよりはいいが、ペニシリンなどの抗生物質が肺炎患者の生存率を高めた効果にくらべれば、自慢するほどのことではない。

(今日、抗生物質を称賛するのが時代おくれなのは承知しているが、わずか2〜3回のペニシリン注射で子どもが肺炎やジフテリアから救われるのを一度でも見れば、抗生物質は本当に奇跡の薬であると確信するはずだ)



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私はメアリー・ナイトのケースにぶつかったとき、想像妊娠がわたしの探している(心身の)つながりの一例になるかもしれないと思いついた。

人間の心が妊娠のような複雑なものを出現させるのなら、脳は体に対して、あるいは体のために、ほかにも何かできるのではないか? 心と体の相互作用の限界はどこにあるのだろうか。どんな経路がこうした不可解な現象を成立されているのだろうか。



驚くべきことに、想像妊娠の妄想は、妊娠につきもののありとあらゆる生理的変化をともなっている。月経の停止、乳房の膨隆、乳首の色素沈着、異食(妙な食べ物を食べたがること)、つわり。

なかでも一番驚くのが、腹部がしだいにふくらみ、「胎動を感じて、最後は実際に陣痛がおこることだ。かならずというわけではないが、子宮や子宮頸が拡大することもときどきある。だがレントゲンでは何の徴候もない。

わたしは医学生のころ、経験のある産科医でも、注意をしていないと臨床所見にだまされる場合があることや、過去には想像妊娠の患者に帝王切開が多く行われたことを知った。

モンロー博士がメアリーのケースで察知したように、事実を告げる徴候は「へそ」にある。



想像妊娠にくわしい現代の医師は、下垂体か卵巣の腫瘍のためにホルモンが放出され、妊娠にそっくりの徴候がでるのが原因であると考えている。小さくて臨床的に検出できない、プロラクチンを分泌する腫瘍(プロラクチン産生腺腫)が下垂体にあると、排卵や月経が抑制されて、その他の症状が引き起こされる可能性がある。

しかしこれが本当なら、状況がときどき可逆的であるのはなぜなのか?

メアリー・ナイトの身に起きたことを、どんな腫瘍で説明ができるのだろうか? 彼女の腹部は、「陣痛」のあと小さくなった。そしてまた、「双子」のおかげで大きくなった。それがみな腫瘍のせいだとしたら、腫瘍は想像妊娠よりもはるかに大きな謎を提起することになる。



では想像妊娠の原因は何なのだろう?

文化的な要因が大きな役割をはたしているのは間違いないし、1700年代に200人に一人だった想像妊娠の発生率が、現在はおよそ一万人に一人に減少していることも、それで説明できるかもしれない。

過去においては、多くの女性が赤ちゃんを産むことに非常に大きな社会的圧力を受けていたし、妊娠したいと思ったときにそれを超音波検査で否定されることもなかった。「ほら、ここを見てください。赤ちゃんはいません」と確信をもって言える人はいなかったのだ。

現代の妊婦は何度でも検査を受けるのであいまいさが残る余地はない。超音波画像という身体的な証拠を提示されれば、妄想やそれにともなう体の変化は通常は消えてしまう。



想像妊娠の発生率に文化が影響をおよぼしていることは否定できないが、実際の体の変化は、どうして起こるのだろうか?

この心と体の奇妙でやっかいな状態について調べた数少ない研究によれば、腹部のふくらみ自体は、ふつう次の5つの要因の組み合わせによって起こる。腸内にガスがたまる。横隔膜が下がる。脊柱の骨盤部が前にせりだす。大網(小腸の前に垂れ下がっているエプロン上の脂肪)が劇的に増殖する。

そして稀には、子宮が実際に拡大する。視床下部(内分泌を調整している脳領域)もおかしくなるらしく、ホルモンに大きな変動がおこり、妊娠そっくりの徴候がほぼでそろう。



しかも道は双方向である。体のほうも、心が体におよぼす影響とおなじくらい深い影響を心におよぼし、想像妊娠の発生と維持に関与する複雑なフィードバック・ループを生じさせる。

たとえばガスによる腹部の膨張や「妊婦の体位」は、古典的条件づけで部分的に説明できるかもしれない。妊娠を望んでいたメアリーは、腹部のふくらみを見て横隔膜が下がっているのを感じ、横隔膜が下がれば下がるほど妊婦のように見えるこを無意識のうちにおぼえる。また、ガスの滞留を増やす、空気ののみこみ(空気嚥下)と胃腸の括約筋の自律的な収縮の組み合わせも、おそらく無意識のうちにおぼえることができる。

このようにしてメアリーの「赤ちゃん」や「見過ごされていた双子の片方」は、無意識の学習の過程を通して、文字どおり空気のなかからつくりだされる。



腹部の膨張についてはこれでいい。

しかし乳房や乳首やそのほかの変化はどうなのか?

想像妊娠で見られる臨床的徴候の全体をもっとも簡便に説明づけるとすれば、子どもを切望する気持ちと、それにともなう抑うつで、ドーパミンとノルアドレナリン --脳内の「喜びの神経伝達物質」-- の濃度が下がるからではないかということになる。

この低下によって、排卵をおこす卵胞刺激ホルモン(FSH)とプロラクチン抑制因子と呼ばれる物質の産生がともに減少する。これらのホルモンの濃度が下がると、排卵や月経が停止してプロラクチン(母性ホルモン)の濃度が上昇する。そしてそれが乳房の膨張や乳汁の分泌、乳首のひりひりする感覚、母性的行動(ただしこれは、人間ではまだ証明されていない)などを引き起こし、卵巣のエストロゲンやプロゲステロンの産生の増加とあいまって、妊娠しているような印象をあたえる。

この見解は、重度の抑うつで月経が停止するという、よく知られている臨床所見とも一致する。抑うつで月経が停止するのは、抑うつで無気力になっているときに、排卵や妊娠のための貴重な資源を無駄にするのを避ける進化的戦略である。



しかし抑うつの月経停止がよくあるのに対し、想像妊娠はごく稀である。

子どもに固執する社会のなかで子どもができないことから生じる抑うつには、おそらく特別な何かがあるのだろう。もし、妊娠に関する無双が抑うつにともなっている場合に限ってこのシンドロームが起こるとしたら、おもしろい疑問が生じる。

新皮質に端を発したごく特殊な願望もしくは妄想が、どのようにして視床下部によって翻訳され、FSH(卵胞刺激ホルモン)の減少やプロラクチンの増加を引き起こすのか --もしそれが本当に原因だとすれば、もっとわからないのは、想像妊娠の患者のなかにプロラクチン濃度の上昇が見られな患者がいることや、ぴったり9ヶ月で陣痛がはじまる患者がたくさんいることだ。成長する胎児がいないのに、なにが陣痛の引き金になっているのだろう?

これらの問いに対する究極の答えが何であれ、想像妊娠は、心と体の謎めいた中間領域を探索する貴重な機会を提供してくれる。



偽の妊娠や陣痛は女性に起こるだけでも驚きに値するが、少数ながら男性の想像妊娠の例さえ報告されている。あらゆる変化 --腹部の膨張、乳汁分泌、妙な食べ物に対する欲求、吐き気、そして陣痛まで-- が一つのシンドロームとして独自に起こることもある。

しかしもっと一般的には、妊娠した妻に深く感情移入して、いわゆる共感妊娠またばクーバード(擬娩)・シンドロームと呼ばれる状態になる。私はよく、感情的に共感することによって(あるいは、もしかすると妊婦が発するフェロモンによって)、夫の脳のなかでプロラクチン(最重要の妊娠ホルモン)が放出され、それが変化の原因になっているのではないかと、あれこれ考えてみる。

(この仮説はとっぴに思えるかもしれないが、実はそれほどでもない。タマリン・マーモセットのオスは、子育て中のメスの近くにいるとプロラクチン濃度が上昇する。そしてこれが父親としての愛情を促進して、子殺しを減少させるのではないかと考えられる)

私は、ラマーズ法の講習会に参加している男性から話を聞いて、擬娩のような徴候がある男性のプロラクチン値を測定してみたい。



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引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




2016年9月22日木曜日

人間の面目をつぶした「科学の革命」[フロイト]



話:V.S.ラマチャンドラン


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あまり知られていないが、フロイトの考えで興味深いのは、偉大な科学の革命には一つ共通する特徴があるのを見抜いたという主張である。ちょっと意外なことだが、それらはみな、宇宙の中心人物としての「人間」の面目をつぶし、あるいはその地位から追い落とすという。

フロイトによれば、第一はコペルニクスの革命で、それまでの地球中心の宇宙観を、地球は宇宙の小さな塵(ちり)にすぎないという考えに置き換えた。

二番めのダーウィン革命は、私たち人間を、たまたま進化した特性のおかげで少なくとも一時的には成功をおさめている、ひ弱で毛のない幼形成熟の類人猿とみなす。

第三の偉大な科学の革命は、彼自身の無意識の発見と、それに付随する見解、すなわち自分が自分の「管理者である」という認識は幻想にすぎないという見解である、とフロイトは(おだやかに)主張した。フロイトによれば、私たちが行うことはすべて、大鍋いっぱいに煮えたぎる無意識の情動や基本的欲求や衝動に支配されていて、私たちが意識と呼んでいるものは氷山の一角にすぎず、ただそれらの行為を事後に念入りに合理化したものでしかないという。



フロイトは偉大な科学の革命の共通点を正しく特定したと私は思う。

しかし彼は、なぜそうなのかということを説明しなかった。なぜ人間は喜んで「面目をつぶされ」たり、地位から引きずりおろされたりするのだろうか? 人類を小さくみせる新しい世界観を受け入れる見返りとして何を得ているのだろうか?

ここで物事を逆向きにすると、なぜ宇宙論や進化論や脳科学が専門家だけでなくすべての人にとってこんなに魅力的なのかという理由をフロイト流に解釈することができる。



人間は他の動物とはちがって自分が死ぬ運命にあることをはっきりと自覚し、死をおそれている。しかし宇宙の研究は、時間を超越した感覚や、自分はより大きなものの一部であるという気持ちを与えてくれる。

自分が進化する宇宙という永遠に展開するドラマの一部であると知れば、みずからの命に限りがあるという事実のおそろしさが軽減される。科学者が宗教的体験をするようになる場合があるのは、おそらくこのあたりのことが関係しているのだろう。

同じことが進化の研究にも言える。時間と空間の意識がもたらされ、自分自身を遠大な旅の一部と見ることができるからだ。脳科学も同じだ。



この革命で私たちは、心や体とは別に魂があるという考えを放棄した。それはおそろしいことではなく、解放をもたらすものだ。

もし人間をこの世界の特別な存在とみなし、無比の高みから宇宙を検分していると考えるなら、消滅は受け入れがたい。しかし単なる観察者ではなく、本当にシヴァ神の偉大な宇宙ダンスの一部であるとしたら、避けられない死も悲劇ではなく、宇宙との喜ばしい再結合とみなせるはずだ。


ブラフマンは全である。

姿も感覚も欲求も行為もブラフマンから生じる。しかしこれらは名称と形態にすぎない。ブラフマンを理解するには、ブラフマンと自己との同一性を、すなわち心の中心に存在するブラフマンを体験しなくてはならない。

人間はそうすることで初めて、悲しみや死から逃れ、すべての知識を超越する、精緻な真髄をそなえた存在になれる。

ウパニシャッド 前500年


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引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




2016年9月20日火曜日

患者の匂いと病名と



話:V.S.ラマチャンドラン


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私が医学というあいまいさに満ちた分野に興味をもったのは、シャーロック・ホームズばりの探索をするところにとても魅力を感じたからだ。患者がかかえている問題を診断するのは、科学であると同時に医術であり、観察力や推理力、人間の感覚のすべてを働かせなくてはならない。

私はK.V.シルヴェガダム博士という教授が、患者の匂いだけで病名を判定する方法を教えてくれたのだを思い出す。



糖尿病性のケトン症患者に特有のマニキュア液のような甘い息。

焼きたてのパンのようなチフス患者の匂い。

気のぬけたビールのような嫌な匂いがする腺病。

むしったばかりのニワトリの羽のような匂いの風疹。

肺膿瘍の腐敗臭。

ガラス洗浄剤のようなアンモニア臭のある肝臓病患者。

最近の小児科医なら、シュードモナス感染のグレープジュースのような匂いや、イソバレリアン酸血症の汗臭い足のような匂いを、これにつけ加えるかもしれない。



「手の指を注意深く調べなさい」

とシルヴェンガダム教授は言った。肺癌になったとき臨床的な徴候があらわれるずっと前に、指と爪床の角度がほんの少し変化して、その予兆となることがあるからだ。

驚くべきことにこの徴候 --ばち指形成-- は、外科医が癌を切除したとたんに手術台の上で、たちまち消えてしまう。この原因は今日もまだわかっていない。

別の恩師である神経学の教授は、パーキンソン病の診断をするときは「目を閉じて患者の足音で診断するように」と、いつも強調していた(パーキンソン病の患者は特徴的な足を引きずる歩き方をする)。



このような臨床医学の探偵めいた側面は、現代のハイテク医学のなかでは、滅びゆくわざであるが、私の心のなかにはしっかりと植えつけられている。

患者を注意深く観察し、聞き、触れることで、そしてそう、匂いをかぐことでも、妥当な診断に到達できる。検査はすでに知っていることを確認するために使うだけ。


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引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




ガリレオとファラデー、すぐれた勘



話:V.S.ラマチャンドラン


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古典的な例として、ガリレオが初期の望遠鏡を使用した話がある。

望遠鏡の発明者はガリレオだと思っている人がよくいるが、そうではない。1607年ころ、オランダの眼鏡職人ハンス・リッペルスヘイが、ボール紙の筒にレンズを2枚とりつけると遠くのものが近くに見えることを発見した。この装置は子どものおもちゃとして広まり、まもなくヨーロッパじゅうの見本市に登場するようになった。

ガリレオは1609年にこの道具のことを知り、たちまちその可能性に気づいた。彼は人のようすを探ったり、そのほかの地上の物体を眺めるのではなく、筒を空にむけた --それまでだれもしなかったことだ。



彼はまず月を眺め、月の表面のクレーターや谷や山がたくさんあるのを発見した。それは古来、天国のような場所と思われていた天体がそれほど完璧なものではないことを告げていた。天体は地上の物体と同様に、人間の眼で観察できる欠陥や不完全さに満ちていた。

ガリレオは次に望遠鏡を銀河にむけ、それが(それまで信じられていたような)均質な雲などではなく、無数の星からなっていることにたちまち気づいた。

しかし彼がいちばん驚いたのは、惑星すなわち「さまよう星」として知られていた木星を見たときだった。木星のそばに3つの小さな点を発見し(彼はただちにそれを未知の星と推定した)、数日後に一つが消えているのを見たときに、ガリレオはどれほどびっくりしたことか。さらに数日おいてもう一度見ると、消えていた点がまた見えたばかりか、もう一つ余分な点があり、全部で4つ見えるではないか。彼は一瞬のひらめきで、4つの点が(地球の月に相当する)木星の衛星で、木星のまわりを軌道を描いて回っていることを理解した。



それは途方もなく大きな意味をもっていた。

木星のまわりを回っている天体が4つある以上、すべての天体が地球のまわりを回っているのではないことが、一瞬のうちに証明されたからである。こうしてガリレオは、それまで君臨していた宇宙の地球中心説をしりぞけ、太陽が宇宙の中心であるとするコペルニクスの見解をその座につけた。

決定的な証拠が得られたのは望遠鏡を金星にむけ、それが月と同じように、ただし一ヶ月ではなく一年周期で満ち欠けをすることを発見したときだった。ガリレオはこの事実から、惑星はすべて太陽のまわりを軌道を描いて回っていることと、金星は地球と太陽のあいだに位置することを推定した。

以上のすべてが、2枚のレンズをつけたボール紙の筒から出てきた。方程式もグラフも量的な測定もない、「単なる」実例提示である。



医学部の学生にこの話をすると、たいていは、ガリレオの時代なら簡単にできただろうが、20世紀の現代では大きな発見はすでにされてしまっているし、高価な装置や細目にわたる測定なしでは新しい研究はできっこない、という反応が返ってくる。

まったくどうかしている!

今日でも驚くべき発見は、つねに目の前にぶらさがっている。むずかしいのはそれに気づくことだ。


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たとえば電気や磁気に対する認識がどのように発展してきたかを考えてみよう。

人は何世紀ものあいだ、天然の磁鉄鉱や磁石について漠然とした理解をもち、それらを利用して羅針盤をつくっていたが、磁石を体系的に研究したのはヴィクトリア時代の物理学者マイケル・ファラデーが最初だった。

ファラデーは2つのきわめて単純な実験から驚くべき結果を引きだした。



一つめは小学生でも再現できる実験で、棒磁石の上に紙をのせ、そこに鉄やすりのくず粉をまくと、たちまち磁力線に沿ってならぶことを発見した(このとき初めて、物理の場の存在が実験的に示された)。

二つめの実験では、棒磁石を針金のコイルの中心に置いて前後に動かした。すると針金に電流が発生した。これらの形式ばらない実証的実験には深い意味があった。これによって初めて磁気と電気が結びついたのである。

これらの作用に対するファラデー自身の解釈は定性的なものにとどまったが、彼の実験が土台となって、数十年後にジェームズ・クラーク・マクスウェルの有名な電磁方程式 --近代物理学の基礎となる数式-- が生まれた。


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学校の先生からファラデーの単純な実験のことを聞いたとき、そんな小さなことでそんな大きなことが達成できるのかと興味をそそられたのを憶えている。

ファラデーの実験の影響を受けた私は、以来ずっと高級な装置を好まず、科学の革命にはかならずしも複雑な機械は必要ではない、必要なのはすぐれた勘だけだと思っている。


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引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




幻の手足 [ラマチャンドラン]





話:オリヴァー・サックス


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何年も何十年も前に失った腕や脚のことを、脳が忘れないでいるために、幽霊のような幻肢(幻の腕や脚)がいつまでも頑固に存在しつづけて、しばしば患者を苦しめる。

当初は正常な手足のように正常な身体のイメージの一部として感じられる場合もあるが、正常な感覚や動きから切り離されているために、病的な性質を帯びることもあり、払っても消えず、「麻痺」や変形や激しい痛みを生じるようになる。幻の指が、おそろしい力で掌(てのひら)に食いこんでどうにもならないこともある。

痛みや幻肢が「実在しない」ことは何の助けにもならないばかりか、治療をいっそう困難にする。麻痺しているらしい幻の手を開かせることは誰にもできないからだ。患者や医師はこうした幻肢の苦痛を軽減するために、破れかぶれの極端な方法に走る。残った手足の断端をどんどん短く切断したり、脊髄の痛覚路や感覚路を遮断したり、脳の痛みの中枢を破壊したりするのだ。しかしたいていは、こうした処置は何の役にも立たない。幻肢や幻肢痛は、必ずと言っていいほど舞い戻ってくる。



ラマチャンドラン博士はこうした頑固な問題に、これまでとはちがう新しいアプローチ法を導入している。それは幻肢とは何か、神経系のどこでどのようにして生じるのかという探求から生まれた。

これまで脳の表象は、身体イメージや幻肢を含めて、固定していると考えられてきた。しかしラマチャンドラン博士は(そして今ではほかの人たちも)、手足の切断のあと身体イメージが驚くほどすみやかに --48時間以内に、ひょっとするとそれ以下で-- 再編成されることを示している。彼の見解によると、幻肢は、感覚皮質の身体イメージがこのように再編成されることで生じる。そして彼の言う「学習された」麻痺によって維持される。

だがもし幻肢が発生する根底に急速な変化があるなら、皮質にそんな可塑性があるなら、そのプロセスを逆向きにすることはできないだろうか? 脳をだまして幻肢を忘れさせることはできないだろうか?



ラマチャンドラン博士は、独創的な「バーチャルリアリティ」装置、すなわち鏡を設置した箱という単純な装置をつかって、患者に正常な手足を見せるだけで --たとえば患者自身の正常な右手を体の左側の幻肢の位置に置いて見せるだけで-- 効果があることを発見した。

効果は魔法のように即座にあらわれる。手が正常に見えることが幻肢の感覚に対抗するのだ。まず幻肢の変形がなおったり、麻痺した幻肢が動いたりする効果があらわれ、ついには幻肢は消えることもある。

ラマチャンドラン博士は特有のユーモラスな表現で「幻肢の切断術に初めて成功した」と語り、幻肢が消えれば痛みも消えるからくりを説明する --痛みは、それを体現するものがなければ存続できないからである。


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引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』