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2013年10月23日水曜日

「知らなかったから越えられた」 [自転車・世界一周]



話:のぐちやすお



これまでに2回の自転車世界一周を実践し、107ヶ国12万kmを走ってきた(総走行距離35万km)。そして今もなお、毎年1回は長距離を走ることで、海外サイクリングの感覚を維持できるように努めている。そんなことを30年以上も続けてきた。

 …

『自転車漂流講座』シリーズを手にしていただいた方はすでにご存知のはずだが、私はメカに疎い。一緒に走っていると、「その程度の知識でよくもまあ何事もなく世界が走れましたね」と言われるほどだ。

しかし時として、知識は邪魔になることがある。現に、カーボン・フレームとアルミ・フレームの違いは知らなくてもサハラ砂漠は越えられたし、ブラケットという名を知らなくてもアンデス山脈は越えられた。けれども、わずかなリムのブレが気になるような、常に効率のよい走りを求めるサイクリストだったら、そんな悪路には手が出せないだろう。むしろ、”知らなかったから越えられた”と私は確信している。

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実践はいかなる能書きにも勝る。

たとえ、こういう状況ならこういう行動がベストである、と説いたところで、当人がそれだけの場数を踏んでいなければ説得力はない。だから漂流講座シリーズの当時から、すべてにおいて実践の結果だけを踏まえた内容に徹してきた。

しかし私とて、すべてを試してきたわけではない。一度経験して得た結果とはいえ、周囲の条件が変わってくれば結果も自ずと違ってくる。だから、これらの記載がすべてにおいて正しいとは私自身思っていないが、まちがってはいない。

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最後にこれだけは断言できる。心底自転車が好きで、どうしても我が目で世界を見てみたいという好奇心さえあれば、誰だって世界一周できる。






引用:のぐちやすお『自転車で地球を旅する

2013年9月20日金曜日

家族みんなで自転車1,000km。スウェーデンの夏



すごい荷物だ!

一家の長である父親の自転車は、装着できるだけのバッグが目一杯。そのうえ、これまたバッグ満載のキャリーカーまで牽いている。

”なにかに没頭したように走る姿は、古代の騎馬戦車を駆る兵士のようだ(BE-PAL)”



「200kg以上はあるよ」と、ブロンド・ヘアーの父親は平然と言う。

「家族のテント、炊事道具、着替え、食料、水…」

6週間の夏休みのうち、4週間を使って家族と自転車旅行をして回っているのだという。ドイツから1,000kmを走り、スウェーデンに入ったところだった。



家族は全部で5人。夫婦と子供3人。子供はみんな小学生で、一番小さい女の子はまだ7歳。

それぞれの体力に応じて、家族の荷物は見事に分散されている。恐ろしく重い父親の自転車は言わずもがな、7歳の女の子の小さな自転車にも「ありったけのぬいぐるみ」がくくりつけられている。

”この荷物の配分を理解するだけでも、子供たちには素晴らしい教育になるだろう(BE-PAL)”



「毎日の泊まる場所は、まったく決めてないよ」と、父親は言う。

ここスウェーデンには「アッレマンスレット(自然はみんなのもの)」という法律があって、国中のどこにでもテントを張っていいのだという。

「目的地? ないよ。行けるとこまでさ」



夫婦ともにドイツの大学で教鞭をとっているというが、この家族にとっての教育とは、そういうことだ。

父親に「一番大切なものは?」と聞くと

「水だよ」と、きわめて現実的な答えが返ってきた。



「世界で一番美しい」といわれるスウェーデンの夏。

田舎道をひた走る、家族5台の自転車。

夏草の甘い香りが吹き抜ける。













(了)






ソース:BEーPAL (ビーパル) 2012年 12月号 [雑誌]
「ベルリン小学生の夏休み」


2013年9月11日水曜日

都心は「水の気」がない [平野勝之]



 都心は「水の気」がない。

 別に、ふつうに水道は通っているわけだし、飲み物に困るわけではない。水の「気」がないのだ。コンクリートの比率が多く、また、いろいろなものが密集しているためだ。



 人間は「水」だと思う。

 「水の気」が少ないとバランスが崩れる気がする。



 ふだんから都心を自転車で散歩したり、移動したりしているとよくわかるのだが、水の気が少ないので、非常にザラザラと乾いた感覚を味わいながら走ることになる。

 「水の気」を発信する代表が樹木だ。公園や緑道などに逃げこむのはそのためだ。本能的な身体の反応だとおもう。すべての生き物にとって「原点は水なのだ」と体が訴えかけてくる。これは都市での独特の現象だと思う。



 僕は、コンクリートの中に押し込められて、むやみに祀られるのはゴメンだ。コンクリートや石の墓が嫌いだ。無名の適当な大木などに、そのへんの犬や猫と一緒に適当に埋めるなり、骨とかをバラまくなりしてほしいと思う。

 僕の理想的な環境は、自転車が快適に走れる程度の道や文明、そして野グソくらいは気軽にできるぐらいの環境があればそれで良い。過剰なデジタル機器もいらないし、車だって電気だって、もちろん無くては困るけど、イザとなったら無くてもどうにかなる程度のもので良い。







引用:自転車人NO.32 2013夏号 綴込付録「富士山一周いいとこどりライドMAP」 (別冊山と溪谷)
「軽量家出セット計画Ⅱ 平野勝之」


自転車より遅い「東京のクルマ」



東京を走るクルマ、その昼間のスピードは16.8km

”自転車より遅い…”

日本としても、もはや「自転車もアリだね」の時代は過ぎたことを知るべきだろう。「だって、自転車しかないじゃない」なのだ(自転車人2013年夏号)。






疋田智氏の主張は、「自転車を交通システムとして使う」という点にある。そのメリットは4つ。

交通渋滞の緩和
交通死亡事故の劇的な減少
市民の健康増進
環境への貢献

これらを実感できるのは「都市の自転車化」が進むヨーロッパの国々である。たとえば、先進地として知られるミュンスター市(ドイツ)は、80年代初頭に渋滞緩和のため中心部へのクルマの乗り入れを禁止した。

「『自転車の走りやすい街』とは、どんな街だか分かりますか?」と、同市の都市計画、課長は問う。

「自転車が走りやすいとは、取りも直さず、『クルマが走りにくい街』ということなのです」






(了)






ソース:自転車人NO.32 2013夏号 綴込付録「富士山一周いいとこどりライドMAP」 (別冊山と溪谷)
「書評:夏の一冊」


2012年9月17日月曜日

北欧のスマートな自動車と自転車


ストックホルム(スウェーデンの首都)の道路料金の課金システムは、市の中心部に入ってくる自動車のナンバー・プレートをカメラが自動で認識し、どこに行くかに応じて、一日に60クローナ(670円)を上限に、運転者に通行料金を請求する。

このシステムの導入によって、自動車が都市中心部を通り抜ける際の待ち時間が最大50%削減され、そのお陰で汚染物質の排出量も最大15%減ったとされている。



また、コペンハーゲン(デンマークの首都)の自転車には、後輪に赤い円盤のようなものが取り付けられているのを目にする。これは「コペンハーゲン・ホイール」と呼ばれるもので、この赤い円盤を手持ちの自転車に取り付ければ、電動アシスト自転車に変えられるという優れモノである。

この赤いホイールはスマートフォンによって制御されており、気温や湿度、大気汚染度などを測定して、リアルタイムの環境データベースに送信される。




抜粋:日経サイエンス 2011年 12月号
「都市の力 進化するソーシャルネクサス」