2014年6月14日土曜日
東郷重位の剣 [内田樹]
話:内田樹
示現流の流祖に東郷重位(ちゅうい)という剣客がいた。
その人の息子とその友達が、近所に野犬が出て危険だと聞いて、犬を斬りに行った。帰ってきて、何匹も犬を斬り捨てたが、太刀の刃が一度も地面に触れず、刃こぼれしなかったと自慢した。
それを隣りの部屋で聞いていた重位は、「刃が地面に触れなかったなどということを自慢してはならん」と、いきなり脇差(わきざし)を抜いて、目の前の碁盤を斬り、そのまま畳を斬り、根太まで斬り下げた。そして、「斬るとはこういうものだ」といったという逸話がある。
ここにある対象を斬ろうと思ったら、斬れない。碁盤てものすごく硬いカヤ材でできてますから、「碁盤を斬ろう」と思ったら、刀なんか跳ね返されてしまう。「地面を斬ろう」と思わなくてはならない。刀って不思議なもので、その「先」に用事があって通過する時には、途中にあるものを何でも全部斬ってしまうんです。
剣には剣固有の動線というものがある。この線を進みたいという欲求がある。武道的感覚というのは、剣が発するその微かなシグナルを聞き取ることなんだと思うんです。
人間がするのは初期条件を与えることだけ。いったん剣が起動したら、なすべきことは剣自身が知っている。だから、その後の人間の仕事は、いかに剣の動きを邪魔しないかなんです。
居合いをやっているとわかるんですけど、剣が選ぶ動線には必然性があるんです。だから、それを人間の賢しらで操作しようとすると良くないことが起こる。
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出典:内田樹『日本の身体』
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