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2015年7月6日月曜日

「猫でも渡るぞ」 [沢庵和尚]



〜話:加藤咄堂〜


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 宗矩(むねのり)一日雨降るの中を、ヒラリと庭の飛石(とびいし)に下り、またヒラリと縁に帰り、電光石火、衣袂(いべい)少しも潤はず。沢庵(たくあん)に誇りていふ。

「和尚、これが出来るか」

沢庵、悠々として庭に下り来り、衣袂ことごとく潤ふ。すなわち宗矩(むねのり)を顧みて曰く

「此(かく)の如くにして正しきに適(かな)ふ。卿(おんみ)の為すところは軽業師(かるわざし)の行ふ道のみ」と。



又一日、五寸ばかりの細長き板を縁と縁とに渡して、

「柳生(宗矩)殿、これが渡れるか」と。

宗矩(むねのり)、

「これは嬰児(あかご)でも渡れる」

といふと、さればかくして渡り得るかと、其の板を屋上に架す。宗矩、色少しく阻む。和尚、大笑していふ、

「猫でも渡るぞ」と。

板動かずして、心まづ動く。和尚これを戒めたるなり。

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出典:加藤咄堂『剣客禅話』




2015年6月30日火曜日

虎と沢庵和尚 [剣客禅話]



〜話:加藤咄堂〜

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 徳川家光の代に、朝鮮より虎を上覧に供せし時、柳生但馬守(やぎゅう・たじまのかみ)は其の檻の中に入って、よく虎を睨みて尻込(しりごみ)せしめしに、沢庵(たくあん)和尚は静かに其の檻の中に入って、虎の頭を撫でて出て来たといふ。

 一は気をもって彼を制し、他は和をもって之を服したので、これこの時、己を忘れ、物を忘れ、いわゆる無物の境にあり、神武にして殺さざるもの剣道の極意、その妙、口言うあたはざるものがあるのである。

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 引用:加藤咄堂『剣客禅話 』