2014年5月9日金曜日

やむをえざるに寓する [荘子]



无門无毒

門もなく毒(とりで)もなく
(心に)出入の門もつくらず守る砦もつくらず

一宅而寓於不得已

宅を一にして已(や)むを得ざるに寓す
心のすみかを一定させて、人の力ではどうしようもないものに身をまかせる








抜粋:『荘子 第1冊 内篇』人間世篇
翻訳:金谷治




2014年5月8日木曜日

犬に仏性ありや




趙州和尚 因僧問

趙州(じょうしゅう)和尚、因(ちな)みに僧問う
ある僧が、趙州和尚に問うた

狗子還有仏性也無

「狗子(くす)還(は)た仏性(ぶっしょう)有りや」
「犬にも仏性がありますか」

州云

州云く
趙州は答えた

無

「無」
「無い」






同一眼見 同一耳聞

同一眼(どういつげん)に見、同一耳(どういつじ)に聞く
(歴代の祖師らと)同じ眼で見たり、同じ耳で聞く



将三百六十骨節 八萬四千毫竅 

三百六十の骨節、八万四千の毫竅(ごうきょう)を将(も)って
360の骨節と8万4,000の毛穴すべてをもって

通身起箇疑団 参箇無字

通身に箇(こ)の疑団を起こして、箇の無の字に参ぜよ
からだ全体を疑いの塊りにして、この無の一字に参ぜよ



如奪得関将軍大刀入手

関将軍の大刀を奪い得て手に入るるが如く
まるで関羽の大刀を奪い取ったがごとく

逢仏殺仏 逢祖殺祖

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す
仏に逢えば仏を殺し、祖師に逢えば祖師を殺す







狗子仏性 全提正令

狗子(くす)仏性、全提(ぜんてい)正令(しょうれい)
犬に仏性あるかどうかと、丸出しされた仏陀の命令

纔渉有無 喪身失命

纔(わずか)に有無に渉(わた)れば、喪身(そうしん)失命(しつみょう)せん
有無の話をしたとたん、たちまち命を奪われる






抜粋:『無門関 (岩波文庫)』
翻訳:西村恵信




大道無門




無門為法門

無門を法門と為(な)す
入るべき門の無いのを法門とする



従門入者不是家珍

門より入る者は是(こ)れ家珍にあらず
門を通って入ってきたものは、家の宝といえない

従縁得者終始成壊

縁に従(よ)って得る者は終始成壊(じょうえ)す
縁によってできたものは始めと終わりがあって、成ったり壊れたりする



無風起浪

風無きに浪を起こす
風もないのに浪をおこす

好肉剜瘡

好肉に瘡(きず)を剜(えぐ)る
きれいな肌にわざわざ瘡をえぐる



掉棒打月

棒を掉(ふる)って月を打ち
棒を振り回して、空の月を打つ

隔靴爬痒

靴を隔てて痒(かゆがり)を爬(か)く
靴の上から痒みを掻く



不顧危亡 単刀直入

危亡を顧みず単刀直入せん
身命を惜しむことなく、ずばりこの門にとびこむ



設或躊躇

設(も)し或いは躊躇せば
もし少しでもこの門に入ることを躊躇するならば

也似隔窓看馬騎

也(ま)た窓を隔てて馬騎を看(み)るに似て
まるで窓越しに走馬を見るように

眨得眼来 早已蹉過

眼(まなこ)を眨得(さっとく)し来たらば、早く已(すで)に蹉過(さが)せん
瞬きのあいだに、真実はすれ違い去ってしまうであろう




大道無門

大道無門
大道に入る門は無く

千差有路

千差(せんしゃ)路(みち)有り
到るところが道なれば

透得此関

此の関を透得(とうとく)せば
無門の関を透過して

乾坤独歩

乾坤(けんこん)に独歩(どっぽ)せん
あとは天下の一人旅






抜粋:『無門関 (岩波文庫)』 無門慧開の自序
翻訳:西村恵信




笠の上の笠



笠上頂笠

笠上(りゅうじょう)に笠を頂く

乾竹絞汁

乾竹(かんちく)に汁を絞る



引用:『無門関 (岩波文庫)』 習庵の序




「意訳は読むな!」


話:足立大進(円覚寺)


「不立文字」を標榜する禅に、典籍がもっとも多いのは奇妙である。

 他の宗門では、その宗祖の言行が教綱であり、そこに教理が立てられ、教化が行われる。まるで一本の傘下に帰するがごときである。

 一方、禅門では歴代の祖師は「直指人心」の旗印の下、それぞれ独自の宗風を挙揚される。喝雷棒雨の険峻あり、灰頭土面の応接ありである。把住・放行自在、ついには「逢仏殺仏・逢祖殺祖(臨済)」の活作略にいたる。

 接化の方便たるや、仏典・祖録は言うまでもなく、『四書五経』をはじめ中国のあらゆる文辞をもちい、さらに方言・俚語をも駆使し、じつに奔放なものである。まさに、千人の祖師あらば千本の傘の観をなした。そこに禅の本領がある。



 そうして用いられた禅語を網羅し、上梓することは至難のわざである。近年になって、禅語の意訳を付した『禅林句集』が幾種か刊行され、便利で役立った一面もあるが、それが意訳であるがために禅語本来の趣きが薄れ、妙味を損する弊も見られた。

「意訳は読むな!」と先師、朝比奈宗源老漢に叱責されることも多かった。

 岩波書店のご尽力をえて、やっと陽の目を見た。現代語訳と訳註もと求められたが、先師のお叱りもいまだ耳底にあり、割愛した。



胡言漢語休尋覓
胡言漢語(こごかんご)尋覓(じんみゃく)することを休(や)めよ

刹竿頭上等閑看
刹竿頭上(せっかんとうじょう)等閑(とうかん)に看(み)よ







引用:足立大進『禅林句集 (岩波文庫)』