2013年9月14日土曜日

心技体は「順番」



私は師匠から

「心技体は、心も技も体も優れていることじゃない。”順番”なんだ」

と教わりました。要するに、心が一番、技が二番、体が三番。

技や体が優れていても、心がダメな奴は相撲がダメだ。少し怪我があっても、心がしっかりしていれば勝てると、よく力説されました。

飯を食い過ぎても胃に穴は開かないけれど、飯も食ってないのに悩んでいると胃に穴が開く。だから、「くだらないことを考えている暇があったら稽古せい」といつも師匠から言われてきました。




話:尾車浩一(おぐるま・こういち)
現役時代の四股名:琴風。現、尾車部屋親方

引用:致知2013年9月号
「怒涛の人生 かく乗り越えん」

「たらいの水」の話



金次郎(二宮尊徳)の教えで有名な「たらいの水の話」というのがありますね。

水を自分のほうに引き寄せようとすると向こうへ逃げてしまうけれども、相手にあげようと押しやれば自分のほうに戻ってくる。だから人に譲らなければいけないと。



けれども、この話には実は前段があるんです。人間は皆「空っぽのたらい」のような状態で生まれてくる。つまり最初は財産も能力も何も持たずに生まれてくるというのが前段にあるのです。

そして、その”たらい”に自然やたくさんの人たちが水を満たしてくれる。その水の有り難さに気づいた人だけが他人にあげたくなり、誰かに幸せになってほしいと感じて水を相手のほうに押しやろうとするんです。

そして幸せというのは、自分はもう要りませんと他人に譲ってもまた戻ってくるし、絶対に自分から離れないものだけれども、その水を自分のものだと考えたり、水を満たしてもらうことを当たり前と錯覚して、足りない足りない、もっともっととかき集めようとすると、幸せが逃げていくんだというたとえ話だと教わったんです。




話:中桐麻里子(二宮尊徳、七代目子孫)

引用:致知2013年9月号
「二宮尊徳の残した教え」

2013年9月13日金曜日

「焚き火」の教育



自然食の普及に努めている方が言っていました。


「子供たちに自然保護だ、エコだといってもピンとこない。

 難しいことを離して聞かせるよりも、

 ガスも使わず電気も使わず、焚き火で旨い料理を振る舞ってやる。それが一番の教育だ」と。

話:井ノ原快彦(いのはら・よしひこ)V6



引用:BEーPAL (ビーパル) 2012年 12月号 [雑誌]

2013年9月11日水曜日

都心は「水の気」がない [平野勝之]



 都心は「水の気」がない。

 別に、ふつうに水道は通っているわけだし、飲み物に困るわけではない。水の「気」がないのだ。コンクリートの比率が多く、また、いろいろなものが密集しているためだ。



 人間は「水」だと思う。

 「水の気」が少ないとバランスが崩れる気がする。



 ふだんから都心を自転車で散歩したり、移動したりしているとよくわかるのだが、水の気が少ないので、非常にザラザラと乾いた感覚を味わいながら走ることになる。

 「水の気」を発信する代表が樹木だ。公園や緑道などに逃げこむのはそのためだ。本能的な身体の反応だとおもう。すべての生き物にとって「原点は水なのだ」と体が訴えかけてくる。これは都市での独特の現象だと思う。



 僕は、コンクリートの中に押し込められて、むやみに祀られるのはゴメンだ。コンクリートや石の墓が嫌いだ。無名の適当な大木などに、そのへんの犬や猫と一緒に適当に埋めるなり、骨とかをバラまくなりしてほしいと思う。

 僕の理想的な環境は、自転車が快適に走れる程度の道や文明、そして野グソくらいは気軽にできるぐらいの環境があればそれで良い。過剰なデジタル機器もいらないし、車だって電気だって、もちろん無くては困るけど、イザとなったら無くてもどうにかなる程度のもので良い。







引用:自転車人NO.32 2013夏号 綴込付録「富士山一周いいとこどりライドMAP」 (別冊山と溪谷)
「軽量家出セット計画Ⅱ 平野勝之」


自転車より遅い「東京のクルマ」



東京を走るクルマ、その昼間のスピードは16.8km

”自転車より遅い…”

日本としても、もはや「自転車もアリだね」の時代は過ぎたことを知るべきだろう。「だって、自転車しかないじゃない」なのだ(自転車人2013年夏号)。






疋田智氏の主張は、「自転車を交通システムとして使う」という点にある。そのメリットは4つ。

交通渋滞の緩和
交通死亡事故の劇的な減少
市民の健康増進
環境への貢献

これらを実感できるのは「都市の自転車化」が進むヨーロッパの国々である。たとえば、先進地として知られるミュンスター市(ドイツ)は、80年代初頭に渋滞緩和のため中心部へのクルマの乗り入れを禁止した。

「『自転車の走りやすい街』とは、どんな街だか分かりますか?」と、同市の都市計画、課長は問う。

「自転車が走りやすいとは、取りも直さず、『クルマが走りにくい街』ということなのです」






(了)






ソース:自転車人NO.32 2013夏号 綴込付録「富士山一周いいとこどりライドMAP」 (別冊山と溪谷)
「書評:夏の一冊」