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2016年5月17日火曜日

中国人とは… [樋泉克夫]




話:樋泉克夫


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20世紀の中国を代表する英語の使い手、と称された林語堂は、昭和10年に『My Country and My People 』を出版しました。







そのなかで「民族としての中国人の偉大さ」と題し、次のように興味深いことを記しています。


「煩雑な礼節を制定する力量があると同時に、それを人生の一大ジョークとみなすことができる」

「罪悪を糾弾する力量があると同時に、罪悪に対していささかも心を動かさず、なんとも思わぬことすらできる」

「官吏に対する弾劾制度、行政管理制度、交通規則、図書閲覧規定など細則までよく完備した制度をつくる力量があると同時に、一切の規則、条例、制度を破壊し、あるいは無視し、ごまかし、もてあそび、操ることができる」


要するに、中国人は融通無碍で変幻自在、ひとことで言えば「なんでもあり」ということです。



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引用:致知2016年6月号
樋泉克夫「生き方から考える中国の世界戦略」




2016年5月9日月曜日

正身端座、懸腕直筆 [田邉古邨と吉田鷹村」



話:吉田鷹村


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わたしが(田邉古邨に)入門を申しでたとき、最初に言われたのが

「一生やるか」

というお言葉でした。思わず

「はい」

と答えて、それから今日まで70年以上つづけてきたわけです。50年ちかく師事してきました。







(田邉古邨)先生の指導は

「正身端座(しょうしんたんざ)」

「懸腕直筆(けんわんちょくひつ)」

といって、体をグッと正して筆をまっすぐに立て、歴代の諸々の古典、漢字では楷書、行書、草書、それに日本の仮名をひたすら臨書する、という方法です。



半紙をわきに積んで、きれいな水を硯(すずり)に落として墨をする。

そこで気持ちをととのえて、毎日4〜5時間、黙々と書きつづける。

それを4年ほど徹底してやりました。



どのくらい続けたころからか、書いていくうちにフッと自分というものを忘れて、ただ筆が動いていく感覚になることがありました。

いま考えると、禅の修行そのものなんです。

しかも、非常に立派な人が書いた古典を手本として臨書するわけですから、みずから古人の情操の追体験ということになります。そんなとき、「書によって自分というものを自分で一段高いところに持ちあげることができるんだ」という実感をもちましたね。

古人の性情をくみ、みずからの性情をたかめ、豊かにすることが大切なんです。



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引用:致知2016年6月号
吉田鷹村「94歳、まだ前進せねば」




2016年4月16日土曜日

日々の小さな出来事 [ラ・ロシュフーコー]



話:鍵山秀三郎





フランスの文学者、ラ・ロシュフーコーは

「人生は一大事によって変わるものではない。日々の小さな出来事が思わしくいったか、いかないかによって決まるものだ」

と説いています。

確かに、私もこれまで命にかかわるような大事件に何度も遭ってきましたが、意外にもそれによって心が荒れることはありませんでした。

むしろ、靴のカカトを踏まれたとか、すれ違いざまにぶつかったといった、日常の些細なことで人は心を荒ませるものです。


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引用:致知2016年2月号
鍵山秀三郎「日本人本来のよさが発揮されはじめた」




2016年4月9日土曜日

「東大生は頭がいい。でも頭が弱い」 [片岡一則]



話:片岡一則 (東京大学大学院 工学系研究科 教授)


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だから、僕はよく学生に言うんです。

「東大生は頭がいい。でも、頭の弱い人がたくさんいる」

って。



――どういうことですか?



頭はいいから、いろんな知識をもっていますよね。そうすると、なにか壁に直面したときに、これをやってもうまくいかないんじゃないかと思って、

「なぜできないか」ってことを滔々と語るわけです。

で、違うことを次にやり始める。それを繰り返して、結局一つのことに執着できなくなり、評論家になってしまう。そういう人は頭が弱い。



――できない理由や言い訳ばかり並び立ててはダメだと。



だから、頭はいいけど、頭が弱い。

これは少なくとも研究者としては最悪なんです。当然、頭がいいに越したことはない。ただ、やっぱり頭が強くなければなりません。

絶対に諦めない、ブレない

という姿勢でやっていると、必ず見つかるんですよ。一見なにもないようなところから「宝の山」がね。


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引用:致知2016年3月号
片岡一則「かくて世紀の偉業は成し遂げられた」




2015年11月22日日曜日

あと一歩、あと半歩… [宮本祖豊]



話:宮本祖豊(みやもと・そほう)


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大学受験につまづいて、自分自身を振り返ると、決して東大に入れるような賢い頭ももっていないし、裕福な家庭というわけでもなかった。痛感したのが、自分自身の徳のなさでした。徳を積むために一生を歩んでいきたいという思いから、宗教に興味をもつようになったんです。

そういう中で、天台大師智顗の『摩訶止観(まかしかん)』を読んで非常に感銘を受けまして、一生勉強するならこういうものを勉強してみたいと思い定めたわけです。





もう一つは、伝教大師最澄上人が19歳でこの比叡山に入ってきたときの誓いの文章『願文(がんもん)』を読んで、千年以上も昔にこんな心の澄んだ人がいたのかと。これも非常に感銘を受けて、仏道修行をするなら是非こういう精神が生きている場所でやってみたいという思いから、比叡山に入れていただいたわけです。





…


行ですから、やっぱり何度も壁はやってきます。

私にとって最大の難関であったのは、浄土院で最澄上人に仕える前に、身も心も清めるために行う「好相行(こうそうぎょう)」でした。

浄土院の拝殿の奥の間で、『仏名経(ぶつみょうきょう)』に説かれている三千もの仏の名前を一仏一仏唱えながら、焼香し、お花を献じ、そして五体投地、つまり両膝、両肘、額を床につけて礼拝し、そして立って、また体を折り曲げて礼拝する。三千仏ですから、これを一日三千回おこないます。それを仏さんが目の前に立つまで続けるのです。

歴代の満行者はだいたい3ヶ月、30万回ほどで目の前に仏さんが立つと言います。ところが、私は何ヶ月やっても見えてこないのです。



見えるまでは何年でも続けなければならないのですが、行の最中はずっと眠らず、横にもなりませんから、どんどん痩せて首が細くなり、首がガクッと落ちて上がらなくなる。両手両足は割れて血が溜まり、膿んでくる。

そのうち目の焦点が合わなくなり、平衡感覚をつかさどる三半規管までが狂ってきて、立っていられなくなり、9ヶ月たってとうとうドクターストップがかかりました。



礼拝を続けながら体力を回復させ、一年近くかかって再開しました。

今度こそは、と決死の覚悟で臨んだのですが、やはり仏さんは一向に現れない。季節は冬になって、手足はまた割れて化膿し、体もどんどん冷たくなって麻痺し、顔は蝋人形のように真っ白になる。死がそこまで迫っている感覚がありました。

行の最中に、師僧や兄弟子が励ましに来るんですがそうなると、もうかける言葉もないんですね。その時に師僧の堀澤祖門(ほりさわ・そもん)師が何とおっしゃったかというと、

「死になさい」

と。



結局、再開して9ヶ月で二度目のドクターストップがかかり、さすがに三度目はお許しをいただけないだろうと観念していたら、もう少し体がもちそうだという検査結果が出て、再開しました。

私の心境としては、

もはや出し尽くしてしまって、どうしようもない

という思いでした。いまから振り返ると、仏さんを感得するには、そういう精神状態になることが求められていたわけですが、二度のストップがかかるほど、私は多くの煩悩を抱えていたということなのでしょう。



その囚われが、死の淵まで追い込まれて、ようやく消えたようで、三度目の行がはじまって、一ヶ月ほどで目の前に仏さんが立ちました。

約600日、100数十万回の五体投地をへて、好相行(こうそうぎょう)を満行し、ようやく浄土院に入ることができたんです。







もう二度と立ち上がりたくない、という限界まで来たときに、

あと一回

あと半歩

と、また立ち上がる。その積み重ねが、壁をやぶることにつながっていくのです。



あと一回やったら今度は死のう

あともう一回

もう一回…

と、ギリギリのところで、なお前に出たからこそ、超えられたのだと思います。



印象に残っているのは、

「痛みを忘れなさい」

というお師匠さんの言葉です。

行の最中は、立ったり座ったりで膝を床につけます。何十万回と礼拝していますので、当然ヒザの骨が出てきて、床に当たるたびに脳天を突き抜けるような凄まじい痛みに見舞われる。

そんな状況でどうやって痛みを忘れるのかと言えば、とにかく全身全霊で声を出して礼拝すること。その一点に集中することでもって、痛みを越えるほどの集中力が発揮され、越えた時でなければ仏さんを見る境地には至らないんだ、と。

無になる、無心になることが、いかに難しいことか。ギリギリのところで集中しなければ到達しえない境地であることを実感しました。


…


人は誰しも壁にぶつかる時があります。切羽詰まる、という言葉がありますけど、実はその "詰まる" ことが大切なんだろうと思いますね。生きるか死ぬかのギリギリまで追い詰められること、その経験というのは、行の上では非常に大切なことでもあります。

つまづくのは嫌だ、という人もいます。ところが、つまづくことは決して悪いことではなくて、前に進もうとするからつまづいて転ぶわけです。端(はな)から前に進もうと思わなかったら転ばないんですよ。

前に向かうというその姿勢がじつは大切で、そういう姿勢を貫いていればこそ、切羽詰まったときに、奇跡としか思われないような力が引き出されるのではないでしょうか。だからこそ辛いときでも、あと一歩、あと半歩、と前に進み続ける。そういう姿勢がやっぱり必要なんだろうと思います。


…


満行したのは平成21年9月11日ですが、不思議と達成感は湧いてきませんでした。

一生が修行であり、死ぬまで自分の精神レベルを上げていくという目的がありますので、ある一定の期間が終わったからこれでいい、という気持ちにはならなかったのです。これからどれだけ前向きに進むかが大事であり、籠山行も私の精神レベルを上げる一つの試みにすぎません。それが無事に終わったというだけの話なのです。

籠山行は、世間から隔絶された環境で自分の悟りを求める自分だけの行、すなわち自行ですが、いよいよこれから人のために尽くす行、化他行(かたぎょう)がはじまるのだと思いました。


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世間で荒行、苦行といわれる行も、やっている本人はそんな思いでやっているわけではないんですね。自ら身を投じているわけですから、荒行というのは "よそから見た言葉" です。

千日回峰行にしても十二年籠山行にしても、決してその独特の体験そのものに意味があるわけではなく、逆に、その一瞬一瞬をどのように生きるかということが一番大切です。単に生きるのではなく、一瞬一瞬を生き切るということ。行とは、そのことの大切さを改めて感じさせてもらうものだろうと思います。

この一瞬を極めていく

一瞬一瞬を生き切ることが、とても大事だと思います。それは100年生きるつもりでいたら、決してわからないことです。

この世が無常であると気づくこと。

それが、いま一瞬を生き切ることの原動力となるのです。



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出典:『致知』2015年12月号
宮本祖豊「極限の行に挑む」




汗、大用現前 [平澤興]



〜話:平澤興〜


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暑くなりますと、誰しも汗をかきます。

「大変汗が出てありがとうございます」と喜んでおる人はないと思うのでありますが、医学的に申しますと、汗が出るので温度の調節ができるのであります。我々の全然知らん間に温度が上がれば自然に汗が出るような仕掛けになっているのであります。

若さにもよりますし、人にもよりますが、1〜2リットルくらいの汗が一日に出ております。だいたい50〜60kgの身体の人で1リットル汗を出しますと、体温にしまして10℃くらい下げる放熱量があります。36℃の人がもし汗が出ないとすれば、それだけで死んでしまうかもしれません。

そう思ってみますと、汗そのものはそうありがたいことではないのでありますが、汗を出すという働きは大切です。実は汗だけではありません。汗腺といえども、広い意味の内臓であります。要するに内臓というものは、そんな具合に暑ければ暑いように、ちゃんとしかるべく働いてくれるわけであります。



禅語に

大用現前(だいゆう・げんぜん)

という言葉があります。

天地宇宙の真理というものは、そんなに変わるものではなくて、現に落ち着いて見れば、そんなに心配するようなことはない、皆あるべき姿にあると、そういう言葉だそうであります。

永平寺の道元禅師が、これでは難しくてわかりませんから、日本の歌につくりかえて、

水鳥の ゆくもかえるも あと絶えて
されども道は 忘れざりけり

と詠んでいます。

水鳥は帰ってしまって跡はなくなるが、それで結局また道を間違えないでちゃんと戻っていく。そんなようなもので、細かなことにこせこせしなくても自然には自然の道があるというような意味のようであります。


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同じ解剖学者でも、卒業してしばらくの間は、本に書いてあることが一通りわかれば、一通りわかったような錯覚を起こします。私自身もそういう時代がありました。

しかし勉強すればするほど、心臓や肺はもちろんでありますが、ただそれらをつくる一つの細胞の構造もわからなくなってくるのであります。毎年、細胞の構造などについてノーベル賞を与えられておりますが、なるほどノーベル賞といえばすごい研究でありますが、自然の生命から考えたら、全くその中の

"針の頭のような点"

のことでしかないのであります。


…




引用:『致知』2015年12月号
平澤興「人間、この不思議なるもの」
平澤興 講話選集『生きる力』より




生命史上、3回の大進化 [致知]



〜『致知』2015年12月号より〜


…


先日、上野の国立科学博物館で開催されていた『生命大躍進展』を見て、38億年前に地球の水中に生まれた単細胞生物が人類になるまで、3回の大躍進があったことを知った。





第一の大躍進は5億年前。

生命が目をもったことである。

地球に誕生した生命は、30億年以上ものあいだ、単細胞生命のままだった。約5億年前、なぜか遺伝子が4倍になり、余分の遺伝子が新しい機能を進化させ、複雑な形をした目をもつ生物が突如あらわれた。

その代表格はアノマロカリスという、エビのような形をした体長1mほどの肉食動物。高性能の目を武器に、獲物を巧みに捕らえた。よく見える目の獲得は、生存競争における優位性の獲得であったのだ。






第二の大躍進は、哺乳類が胎盤を獲得したこと。

胎内で育てることで、赤ちゃんの生存率が高まったのである。

どうして胎盤を手に入れることができたのか。1億7千年前、その頃の哺乳類に強力なレトロウイルスが流行した。多くは命を落としたが、生き残った哺乳類の体内でレトロウイルスが生殖胎の内部に入り込み、ウイルスの遺伝子が組み込まれ、胎盤ができたのだという。

ウイルス感染という逆境が、生命を進化させたのだ。






第三は、哺乳類が大脳新皮質を獲得。

脳が大きくなったこと。

脳の形成に働く遺伝子には、アクセルとブレーキの役割をするものがある。哺乳類は一時的にブレーキ遺伝子が故障し、それによって脳細胞が増殖、大脳新皮質が形成される要因になったという。

遺伝子の故障という不慮の事故で、人類は言葉と知性を獲得したのである。






村上和雄
「人間の持っている遺伝子情報は、一粒の米を60億に分けたほどの極小スペースに、1ページ千文字で、千ページある大百科辞典、3,200冊分が入っている」


桜井邦朋
「太陽の中心核では、4つの水素が融合して1つのヘリウムをつくるが、水素の質量の0.7%がエネルギーに転換して放出され、それによって太陽は輝いている。

この放出量が0.71%だったら星の進化スピードが早すぎて、太陽はすでにない。

0.69%だとスピードが遅くなりヘリウムが結合できず、137億年たっても炭素がつくられず、生命は生まれていない」






引用:『致知』2015年12月号
特集「人間という奇跡を生きる」




2014年4月12日土曜日

薬としてのコーヒー [岡希太郎]



話:岡希太郎(金沢大学コーヒー学講座講師)


 巷(ちまた)では、コーヒーは体に良いという情報もあれば、体に悪いから飲まないといった意見も根強くあり、一体どちらを信じればよいのか疑問を抱いている方も少なくないようです。

 コーヒーに関して昔からよく言われてきたのは、飲むと目が冴えて夜眠れなくなる、トイレが近くなるといったことです。コーヒーが体に悪いというイメージは、主にこの2つからきているようです(あるいは、妊婦・授乳婦が飲むのを禁じられたりすることも、ネガティブなイメージに結びついているようです)。

 これらはいずれも”カフェイン”が悪者になっています。しかしながら最近では、カフェインはパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経病、そしてガン全般に効果があることが明らかになっています。私がコーヒー研究をはじめるきっかけとなった野田光彦先生の論文には、コーヒーを飲んでいる人は、糖尿病(2型)になりにくいと書いてありました。

 また、ソモザ博士(ウィーン大学)は、コーヒーのカフェインと、豆を焙煎したときに出てくる”NMP(N-メチルピリジニウムイオン)”に、細胞のガン化を防ぐ効果があるという論文を発表しています。さらにツァオ教授(南フロリダ大学)は、パーキンソン病にいたる運動神経の障害をカフェインが防ぐことを説いており、同様の理由で、「神経障害の一種であるアルツハイマー病になりたくなければカフェインを摂取すべきだ」と主張しています。



 コーヒー豆の成分で、病気予防の効き目に関係することが明らかになっているのは、

「カフェイン」
「クロロゲン酸」
「ニコチン酸」
「NMP(N-メチルピリジニウムイオン)」

の4つです。

 「クロロゲン酸」には、抗酸化作用、食後の急激な血糖の上昇を抑える作用(糖分の吸収を遅くする作用)、副交感神経を刺激して血圧を下げる作用、肝臓や筋肉での遊離脂肪酸の分解促進などの作用があり、「カフェイン」と一緒に摂ることで、生活習慣予防に欠かせない要素となるのです。

 「ニコチン酸」は、高脂血症を治療する医薬品にもなっており、ストレスが原因でおこる脂肪組織からの遊離脂肪酸の流出を抑える働きがあります。また、血管壁を保護したり、血小板の活性化を抑えて血液を固まりにくくしたりする作用ももっています。

 「NMP(N-メチルピリジニウムイオン)」は、副交感神経を刺激して気分を和らげ、大腸の蠕動(ぜんどう)運動を亢進させたり、血圧を下げたりします。また、強い抗酸化作用があり、発ガン性物質の解毒にも寄与しているといわれています。



 ここで、こうした健康効果を高めるための、とっておきのコーヒーの選び方をご紹介したいと思います。

 それは、「深煎り豆」と「浅煎り豆」をブレンドすることです。

 「クロロゲン酸」は熱に弱いため、その分解を防ぐためにはコーヒーを焙煎するさいに浅煎りに留める必要があります。しかし、浅煎りでは得られないのが「ニコチン酸」と「NMP」です(生豆に大量に含まれているトリゴネリンが、熱を加えることにより変化して生じる成分だからです)。

 要するに、浅煎りと深煎りをブレンドして飲むことによって、4つの成分がそれぞれにもつ病気予防の効果をまんべんなく享受することができるわけです。浅煎りと深煎りの豆の両方を入手したら、それを「1:1」にブレンドして飲めば、コーヒーの有効成分をまとめて摂ることができるのです。



 では、コーヒーを「飲む量」についてはどうでしょう。一日何杯までなら大丈夫かというのは、気になる人も多いと思います。

 あくまでも各人の体質や体調によって異なりますが、一日にコーヒーカップ「4杯」くらいまでなら、おおむね安全と考えてよいでしょう。

 たとえば、一日に飲むコーヒーの量と脳卒中になるリスクの関係でいえば、1杯、2杯とコーヒーの量を増やしていくにつれてリスクは下がり、4杯のときに最も小さくなります。それを超えると逆に上昇してゆき、9杯に達すると薬事法によるカフェイン摂取量の上限に達します。



 最後に、健康を意識した美味しいコーヒーの淹れ方をご紹介しましょう。

○ 浅煎りと深煎りを1:1にブレンドしたコーヒー10gを用意する。

○ 90℃以下のお湯で、ゆっくり抽出する(布または紙のフィルター)。

○ 最初に出てくる50ccを飲む。

 最も美味しいのは「最初に出てくる50cc」までで、そこに有効成分の90%以上が入っているのです。その後から出てくるのは雑味で、抽出すればするほど不味くなります。

 ちなみに、こうして抽出したコーヒーの有効成分は一日は持ちますので、私は朝淹れておいたものを、夕方にも温めて飲んでいます。

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出典:
致知2014年4月号「コーヒーで病気を防ぐ」岡希太郎





2013年11月5日火曜日

抜本的な改革のために [松下幸之助]



話:牛尾治朗

折しも1ドル=360円から200円へと急速に円高が進み、これから訪れる大変な時代にいかに対処すべきかというテーマで座談会が行われた際、松下幸之助さんは「コストを30%カットして対応する」との持論を展開されました。

5%カットは難しくとも、30%カットを目指せば”抜本的な改革”が必要となり、それを成すことによって厳しい時代を乗り切る強固な経営体質が養われる、との主張でした。

「そんなことをしたら社員がついてこない」

すぐに反論が上がりましたが、松下さんはこう諭されたのです。

「経営者は社員の前で”血のにじむような努力”を見せなければ駄目ですよ。そうすれば、10人のうち3〜4人はついてくるでしょう。その人たちと一緒にやっていけば十分です」

…




抜粋:致知2013年12月号
「経営は職人芸である」牛尾治朗



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2013年10月22日火曜日

足なし禅師『本日ただいま誕生』小澤道雄



終戦後のシベリアで凍傷にかかり両足を切断。帰国後、義足で托鉢行脚をはじめた禅僧がいる。

「足無し禅師」と呼ばれた小澤道雄(おざわ・どうゆう)師である。



話:妻・小澤道仙(おざま・どうせん)

おっさま(和尚さま)は大東亜戦争に従軍し、北朝鮮で終戦をむかえました。シベリア抑留中に、逃げようとした戦友を止めようとして前に立ちはだかったため銃弾が右肩を貫通。昭和20年(1945)11月、治療のために満州の牡丹江の陸軍病院まで貨車に乗せられて運ばれるのですが、これがおっさまが見た”地獄の入り口”でした。

貨車には強制労働ができなくなった元日本兵約500名が乗せられていました。北満の11月といえば気温は氷点下40〜50℃。暖房はもちろん食べ物もわずかしかない状態で、終戦時の夏服のままですから、その寒さと空腹は想像を絶するものがあったはずです。冷凍人間となった元兵士の半数が命を失い、おっさまは一命を取り留めたものの足に”重度の凍傷”を負ってしまうのです。

陸軍病院とはいっても医薬品や医療器具、食糧は極度に欠乏していました。ペチカ(暖房)のある暖かい病室に寝かされた喜びは束の間、やがておっさまの両足は内科の軍医さんによって麻酔もないまま、メスとノコギリで切り落とされるのです。

私がおっさまの自伝『本日ただいま誕生』で、衝撃のあまり言葉を失ったのも、この件(くだり)でした。思うだけで息が詰まりそうですが、ここはおっさまの言葉をそのまま紹介します。



「最初のメスが私の脛の肉を切り裂いた。一瞬、私の歯がカチンと噛みあい、全身がギリッと音をたてて硬直した。それは痛いなどという言葉とは別である。『痛い、痛い、痛い』と百万遍さけび、その百万遍の痛さを一瞬間に凝縮したとでも言えばいい。私は想像を絶した痛さに身体を硬直させたまま呼吸をすることができない。

 だが私の肺臓はある時間がくると自分勝手に空気を吸い込み、空気を吐き出す。すると喉のあたりで異様な音がでる。声というよりは単なる音というべきだろう。なぜなら私はこの2時間のあいだ、痛さのために喚いたり呻いたりした憶えはないからだ。凄まじいばかりの激痛を自覚しながら、私はまるで軍医と一緒になって自分の足を切っていくような気持ちを味わっていた」



手術時と同じこの痛みは、それから一ヶ月続いたといいます。徐々に痛みに馴染むにつれ、おっさまは自分が置かれた現実を直視するようになります。両足を失い右手も満足に使えない体を思えば、そこにあるのはただ絶望のみでした。

労働は無理と判断され帰国命令がくだったのはその半年後。おっさまを担架で運ぶ健康な4人の兵士とともに帰国することになりました。4人は運よく強制労働を免れ、夢にまでみた日本に帰れるわけですが、いざ歩きはじめると”歩けないおっさま”をお荷物と感じたのでしょうか、ある朝、担架の上で目を覚ましたおっさまは広大な荒野に一人、おいてけぼりを食らったことに気づくのです。

もし開拓団の一行が通りかからなかったら、飢え死にするか野犬の餌食になるしかなかったといいます。晩年、よく「あの時は本当に仏さんの計らいだった」と感慨深げに話しておりました。



おっさまが帰国したのは終戦の翌年。体重は38kgにまで落ちており、体力の回復を待ってふたたび切断手術が行われました。その頃、おっさまはある深い悩みを抱えていました。自分の”惨めな姿”をさらすことで、家族を悲しませてしまうことでした。

復員の知らせを受けた山梨の家族が神奈川の病院に見舞いに来たとき、おっさまは思い切って両足を見せて、こう言いました。

「いっそのこと死んでしまおうと思ったが、帰ってきました」

それを聞いたお母さんはベッドに近寄り、しばらく包帯の上から傷口を撫でながら、「よう帰ってきた…」とポツリと言いました。そして、お兄さんがフィリピンで戦死したことを静かに告げるのです。

お母さんは誰よりも頼りにした長男を戦争で奪われ、未亡人となった嫁と妹さんの3人で農業をしながら細々と暮らしていました。身体障碍者となった自分にいったい何ができるのか。それを思うと、おっさまは底知れぬ絶望の淵に落ちていくのでした。お母さんの悲しみと自分の非力さを思い、あとで一人、声を殺して泣いたそうです。



幼い頃、親戚の寺に養子に入っていたおっさまは、そういう絶望のドン底で必死に観音様に祈り、救いを請いました。『観音経』には「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)」と唱えれば観音様は人間をあらゆる苦悩や厄災から救ってくださる、という教えがあります。

しかし、どんなに祈っても答えは返ってきません。「願いが聞き入れられない、自分は仏に見捨てられた、もう甘えるのはやめよう」と決心したとき、心の底から”ある閃き”が湧いてきます。

「苦しみの原因は比べることにある。比べる心のもとは27年前に生まれたということだ。27年前に生まれたことをやめにして、きょう生まれたことにするのだ。両足切断したまま、きょう生まれたのだ。きょう生まれたものには一切がまっさらなのだ。それで一切文句なし」

この『本日ただいま誕生 』は、おっさまが人生のドン底で得た深い悟りであり、その後の人生はこの言葉を軸に展開していくのです。



引用:致知2013年11月号
「『足無し禅僧』小澤道雄の生き方に学ぶもの 小澤道仙」



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「パスチャライズ牛乳」誕生秘話


話:佐藤忠吉・木次乳業

かつて日本の牧場は高温多湿で菌が多く、「牛乳は高温で殺菌しなくてはいけない」というのが国の流れでした。ところが、そうなるとタンパク質が変成して「カルシウムの吸収が悪い牛乳」になってしまう。

それはおかしい。ヨーロッパ人は生に近い状態で牛乳を飲んでいるそうじゃないか、と。

それで、タンパク質を変えないような「自然に近い殺菌方法」はないかと1970年から3年間、研究を続けたんです。国際乳業連盟が定めた方法は「63℃で30分」ないしは「72℃で15分」です。卵が半熟になる手前くらいの温度です。

この方法は低温ですが、どうしても100分の1は菌が残る。乳酸菌ならいいわけですが、間違って病原菌が残ったら大変ですから、私たちの目標は「原乳の質をいかによくするか」ということになりました。



搾った牛乳を63℃・30分という条件で処理したものを、孵卵器で48時間、腐敗させる発酵実験をして、それを私たちが毎日飲んで味をチェックするわけです。自分たちの体で生体実験をやったんですな。毎日毎日それを繰り返すことで、「タンパク質やビタミンを壊さない殺菌法」が確立されていったんです。

わが社の基本的な方法、低温・長時間殺菌の「パスチャライズ牛乳」はこのようにして完成し、1978年から全国の消費者団体に広く知られるようになっていきました。



※いまや多くの人々に愛飲される「パスチャライズ牛乳」。それを日本で最初に手掛けたのが、島根県雲南市にある「木次(きすき)乳業」であった。





引用:致知2013年11月号
「片足は理想の土に、もう一方の足は現実の地に 佐藤忠吉」



「キュリオシティ・ドリヴン(curiosity driven)」とは?



話:上田正仁・東京大学大学院教授

ここでは「キュリオシティ・ドリヴン(curiosity driven)」という考え方を紹介しましょう。これは目標に到達するのに、ゴールとは一見関係のなさそうな方向に好奇心(curiosity)のおもむくまま寄り道をしながら進むアプローチです。

これに対して、国家プロジェクトのように目標を定め、最短距離を一直線に進むやり方を「ゴール・オリエンテッド(goal oriented)」といいます。



「キュリオシティ・ドリヴン(curiosity driven)」は「ゴール・オリエンテッド(goal oriented)」と比べて、一見、非合理・非効率にみえますが、当初の目的に縛られない自由な発想が得られるという特徴があります。

その好例は小柴昌俊博士です。博士はニュートリノの検出でノーベル物理学賞を受賞しましたが、博士がニュートリノを観測したのは、陽子崩壊を検出するカミオカンデというまったく別のプロジェクトにおいてでした。

小柴博士に限りません。世に言う大発見のほとんどは、この「キュリオシティ・ドリヴン(curiosity driven)」によるものです。前を見て走っているときは目に止まらなかった道端の草花に、好奇心を覚えて調べるうちに、思わぬ発見につながる、というのは実に興味深いことだと思います。

最近では企業もそのことに注目し、Googleは勤務時間の20%をそのとき関わるプロジェクト以外の好きなテーマの研究に使って良いとする「20%ルール」を採用し、次々に新しいイノベーションを生み出しています。私もこの手法には賛成です。制限された環境や条件の中では、こういうアイディアはなかなか生まれるものではないと思うからです。





引用:致知2013年11月号
「考える力を深めれば、知識は知恵に変わる 上田正仁」



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2013年10月2日水曜日

ホラを吹くほど、運が舞い込む? [藤木相元]



顔を見て人を知る。

達磨大使が説いた「観相学」を研究して60年。

藤木相元(ふじき・そうげん)氏いわく、「要するに、人生は『運』が支配するというのが達磨の哲学。その運は『顔』が支配するのだと。私はそこから一步進めて、その顔は『脳』がつくったものだという結論を導き出したのです」







鞍馬寺でいただいたという達磨大師による観相学の文献と、欧米最先端の脳科学はものの見事に一致したという。

「観相学は占いのような統計学ではなく、自然科学の学問として方程式化できる。それを私は『脳と顔と運の因果関係』として、論文にまとめて発表したわけです。脳相一致と言いまして、顔はすべて脳が作用する。逆に、脳も顔から刺激を受けます」



では、どう脳を使うのか?

「まず、良い脳をつくるには、やっぱり良い顔。その根本は『ホラを吹くこと』です。人間、ホラを吹かなかったら夢がない。ホラとは、つまりドリームですよね。嘘は人を騙すことですが、ホラは人を楽しませることもできますから」







達磨大師は、人間が8匹の動物に似ているといっている。牛に似た者、馬に似た者、狸に似た者、狐に似た者…。

「ウシ顔をした者、これは棟梁になる。ウマ顔をした者は人生を飛ばしに飛ばし切る者と、途中で挫折する者との2つに分かれます。タヌキ顔をした者は、世間を煙に巻く。サル顔をした者は小知恵はあるが、トップにはなれない、と」

「肝腎なのは、顔は自分自身の努力によって変えていけるものだということです。物事をよく見ようとすれば目が、人の話をよく聞こうとすれば耳が大きくなります。良い顔をして鏡に向かっていれば、脳がどんどん磨かれます」





ソース:致知2013年10月号
「脳と顔と運命の法則 藤木相元」