子供のドライミルクも買えなかった…。
やっていた店が倒産して、今さっき、女房ともケンカして出てきたばかりだ。
そんな話をアルバイトの面接で、正直に言った時だった。
「おまえは馬鹿か!」
その会社の会長「奥野博」氏は、足下に男を一喝した。そして、その男に金を渡した。
「あそこの薬屋でドライミルクを買って、それを家に置いて出直してこい!」
その男は、のちに映画「おくりびと」の原作となる書を世に送り出す作家「青木新門」氏。
その後、一喝された会長の会社に入社することになった青木氏は、「じつは、家族を捨てて東京で作家になろうと思っていたのです」と打ち明ける。
すると奥野会長は、こんな話を語りはじめた。
「そうか…。俺も富山から逃げ出そうと思ったことがある。
この仕事を始めて間もなく、資金繰りに困り、気づいたら朝日岳を登っていた。道に迷い、ここで死んでもいいと思った時だった。
残雪の崖にシャクナゲが咲いている。
こんな寒い雪の中で花を咲かせている。そう思うと、死んでなるものかと引き返した」
奥野会長は続ける。
「親や女房子供を捨てたり、ふるさとを捨てて何をやっても、結局はうまくいかないものなのだ。
根なし草のように根付かない。一時はうまくいっても、いつか破綻がくる」
オークスグループ会長、奥野博氏は、昨年(2012年)11月5日、逝去された(享年84歳)。
「会長、いまどこにおられます? シャクナゲの花の光の中でしょうか?」
青木氏は、追悼の文の中でそう叫ぶ。
「遅かれ早かれ、私もそこへ参ります。また、『おまえは馬鹿か!』と叱ってください…」
出典:致知2013年3月号
「追悼」
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