「お伊勢に参らば、『お多賀』に参れ。
お伊勢はお多賀の子でござる」
そう俗謡に歌われる通り、多賀大社(滋賀県)の祭神は「イザナギ(男神)とイザナミ(女神)」。その夫婦の子供がアマテラス、伊勢神宮の祭神である。
「伊勢へ七度、熊野へ三度、お多賀さまへは月参り」
伊勢・熊野と並んで、多賀大社への参詣はかつて庶民たちで賑わったのだという。
そうした賑わいが描かれた、多賀大社の「参詣曼荼羅図(さんけい・まんだらず)」。そこには、多賀大社の位置する「犬上郡」という地名の由来についての物語も描かれている。
むかし昔、不知也(いさや)川のほとりには、一人の狩人が住んでいた。鹿やイノシシを射ることを生業とする猛々しい男だ。
ただ、その荒くれ男も、いつも狩りに連れていく「犬(小白丸)」ばかりは、とりわけ大切に可愛がっていた。
ある日、鳥籠山(とこのやま)で鹿を追っていたその狩人は、奇岩だらけの淵を下るうちに、日が暮れてしまった。
しかたなく、朽ち木の根元で一夜を明かそうと思った男は、弓矢を揃え置き、愛犬・小白丸(こじろまる)を傍らに眠りに就いた。
ところが深夜、小白丸が突然はげしく吠え始めるではないか。
男がいくら宥めても、叱りつけても、ますます吠え狂う小白丸。
思わずカッとなってしまった男。腹にすえかねて刀を抜くと、あろうことか、小白丸のクビを跳ね飛ばしてしまった…!
暗闇に飛んだ小白丸のクビ。
それは男の頭上の大枝に食らいつき、そして落ちた。
ん? 落ちた愛犬のクビがくわえている大枝をよく見ると、それは枝ではなかった。「大蛇」であった。
きっと、この樹上の大蛇は、狩人を狙っていたのであろう。
幸いにも愛犬・小白丸のクビは、その大蛇のノドにがっちりと噛みつき、大蛇を即死させていた…。
その健気な愛犬のクビを見るや、狩人は大いに嘆き、そして悲しんだ。
のちに男は、その場に祠(ほこら)を建て、命を救ってくれた愛犬・小白丸を神として祀る。
この祠の名が「犬神明神」。それがそのまま地名となる(犬神郡、現在は犬上郡)。
ちなみに、その淵は「大蛇の淵」、その川は「犬上川」と呼ばれている。
こうした絵説法は、多賀大社の僧侶(坊人)たちによって語り継がれてきた。
坊人たちは、こうした物語の描かれた「参詣曼荼羅図」を携えて全国各地を行脚し、その先々で多賀大社にまつわる話を語り聞かせて歩いたのだ。
紙芝居のような坊人たちの話は、行く先々でたいへんな評判になったそうである。
出典:大法輪 2013年 03月号 [雑誌]
「神と仏の物語 多賀明神」
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