〜話:小林秀雄〜
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高等学校の一年生の時、はじめて志賀直哉氏に会ったとき、聞いた話のうちでまだよく覚えている言葉がある。言われた通り僕が実行し、言われた通りになったからよく覚えているのだろう。
「君等の年頃では、いくら自惚(うぬぼ)れても自惚れ過ぎるという事はない。自惚れ過ぎていて丁度いいのだ。やがてそうはいかない時は必ず来るのだから」
以来僕は自惚れる事にかけては人後に落ちまいと心掛けた。何が何やら解らなくなっても、この位物事が解らなくなるのは大した事だと自惚れる事にしていた。「改造」に初めて懸賞論文を出した時も、一等だと信じて少しも疑わず、一等賞金だけ前借りして呑んで了い、発表になって二等だったので大いに弱った。
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ソース:小林秀雄「
栗の樹」
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