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2018年4月28日土曜日

西行と西田幾多郎【小夜の中山】


年たけて

また越ゆるべしと

思ひきや

いのちなりけり

小夜(さよ)の中山

西行




鎌倉時代初期、京都から遠くはなれた関東は、ほとんどが未開の地。とりわけ、鈴鹿(三重)、小夜の中山(静岡)、箱根(神奈川)は東海道の三大難所であった。

西行にとって生涯2度目となった、奥州への旅路。すでに齢69、死を覚悟してのことだった。まさか、生きてふたたび、小夜(さよ)の中山を越えることになろうとは…。その感慨ひとしおに、西行きっての秀歌をこの地に遺す。




あづまのかたへ

相識りたる人のもとへ

まかりけるに

小夜の中山見しことの

昔になりたるける

思ひ出でられて

年たけて

また越ゆべしと

思ひきや

いのちなりけり

小夜の中山








西田幾多郎は名著『善の研究』において、この西行の歌を以下のように引用している。



まだ高等学校の学生であった頃、金沢の街を歩きながら、夢みる如くかかる考に耽ったことが今も思い出される。

その頃の考がこの書(『善の研究』)の基ともなったかと思う。私がこの書を物せし頃、この書がかくまでに長く多くの人に読まれ、私がかくまでに生き長らえて、この書の重版を見ようとは思いもよらないことであった。

この書に対して、命なりけり小夜の中山の感なきを得ない。






2015年11月22日日曜日

汗、大用現前 [平澤興]



〜話:平澤興〜





暑くなりますと、誰しも汗をかきます。

「大変汗が出てありがとうございます」と喜んでおる人はないと思うのでありますが、医学的に申しますと、汗が出るので温度の調節ができるのであります。我々の全然知らん間に温度が上がれば自然に汗が出るような仕掛けになっているのであります。

若さにもよりますし、人にもよりますが、1〜2リットルくらいの汗が一日に出ております。だいたい50〜60kgの身体の人で1リットル汗を出しますと、体温にしまして10℃くらい下げる放熱量があります。36℃の人がもし汗が出ないとすれば、それだけで死んでしまうかもしれません。

そう思ってみますと、汗そのものはそうありがたいことではないのでありますが、汗を出すという働きは大切です。実は汗だけではありません。汗腺といえども、広い意味の内臓であります。要するに内臓というものは、そんな具合に暑ければ暑いように、ちゃんとしかるべく働いてくれるわけであります。



禅語に

大用現前(だいゆう・げんぜん)

という言葉があります。

天地宇宙の真理というものは、そんなに変わるものではなくて、現に落ち着いて見れば、そんなに心配するようなことはない、皆あるべき姿にあると、そういう言葉だそうであります。

永平寺の道元禅師が、これでは難しくてわかりませんから、日本の歌につくりかえて、

水鳥の ゆくもかえるも あと絶えて
されども道は 忘れざりけり

と詠んでいます。

水鳥は帰ってしまって跡はなくなるが、それで結局また道を間違えないでちゃんと戻っていく。そんなようなもので、細かなことにこせこせしなくても自然には自然の道があるというような意味のようであります。





同じ解剖学者でも、卒業してしばらくの間は、本に書いてあることが一通りわかれば、一通りわかったような錯覚を起こします。私自身もそういう時代がありました。

しかし勉強すればするほど、心臓や肺はもちろんでありますが、ただそれらをつくる一つの細胞の構造もわからなくなってくるのであります。毎年、細胞の構造などについてノーベル賞を与えられておりますが、なるほどノーベル賞といえばすごい研究でありますが、自然の生命から考えたら、全くその中の

"針の頭のような点"

のことでしかないのであります。







引用:『致知』2015年12月号
平澤興「人間、この不思議なるもの」
平澤興 講話選集『生きる力』より