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2017年2月7日火曜日

百人一首[スペイン語]






CIEN POETAS,
CIEN POEMAS
百人一首(スペイン語版)

翻訳: Jose Maria Bermejo, Teresa Herrero



Emperatriz Jito
持統天皇

Se fue la primavera
y ha llegado el verano:
¡ mira las blancas ropas 
de seda soleándose
sobre el celeste Kagu!

春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣ほすてふ天の香具山



Abe no Nakamaro
阿倍仲麿

Alzo los ojos y contemplo
la llanura del cielo,
y la luna es la misma que ahora asoma
sobre el monte Mikasa
en las lejanas tierras de Kasuga.

天の原ふりさけ見れば春日なる
三笠の山に出でし月かも



Ki no Tomonori
紀友則

En la serena luz
de un sol siempre radiante
en los días primaverales,
¿por qué las flores nuevas del cerezo
se dispersan como agitados pensamientos?

久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ








2015年4月9日木曜日

"I Know Why the Caged Bird Sings" [マヤ・アンジェロウ]



Maya Angelou (マヤ・アンジェロウ)

"A bird doesn't sing because it has an answer, it sings because it has a song."

NBC Nightly News (NBCナイトリーニュース)で紹介されていました。記念切手に引用された詩です。オバマ大統領が公の場で引用した詩でもあります。







Maya Angelou (マヤ・アンジェロウ)
1928-2014

Author, poet, actress, and champion of civil rights Dr. Maya Angelou was one of the most dynamic voices in all of 20th-century American literature. The book I Know Why the Caged Bird Sings, an autobiographical account of her childhood, gained wide acclaim for its vivid depiction of African-American life in the South.(USPS.COM)








2014年11月2日日曜日

詩人の言葉 [小林秀雄]


〜話:小林秀雄〜


…

 ドガが慰みに詩を作っていた時、どうも詩人の仕事というものは難かしい、観念(イデ)はいくらでも湧くのだが、とマラルメに話したら、マラルメは、詩は観念で書くのではない、言葉で書くのだ、と答えたと言う。

…

 詩人は、ありの儘(まま)の言葉を提げて立っている。彼は、言葉に関して、決して器用な人間ではない。みんなそう思っているが、詩人に関する最大の誤解である。彼は実は、原始人なのだ。音や形や意味が離れ離れになっていない、一つの言葉、それは例えば目の前の一枚の紅葉の葉っぱの様に当たり前であり、ありの儘だ。これだけを信じて疑わぬ事が、そんなに難かしい事なのであろうか。やはり難かしい事らしい。

…






出典:小林秀雄「栗の樹 (講談社文芸文庫)」



2013年10月3日木曜日

わたしが一番きれいだったとき [茨木のり子]






わたしが一番きれいだったとき 
茨木 のり子


わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね




2013年9月27日金曜日

時間を「見る」、砂時計



砂時計の詩



1トンの砂が、時を刻む砂時計があるそうです。

その砂が、音もなく巨大な容器に積もっていくさまを見ていると

時は過ぎ去るものではなく

心のうちに からだのうちに積もりゆくもの

と、いうことを、実感させられるそうです。



時は過ぎ去るものではなく

心のうちに からだのうちに積もりゆくもの



その巨大な砂時計は、仁摩サンドミュージアム(島根県)にあるという。1トンの砂時計が。

それは「ちょうど一年」の時を刻む砂時計。

「砂暦」と呼ばれている。



以前、ふるさと創生という事業が行われた時に、費用1億円、3年の歳月をかけて作られたものだそうで、高さが5m、幅が1mもあるという(世界最大)。

中の砂には少しでも異物があったら使えなくなるので、山奥の500万年も前の地層(山形県飯豊町)から採取した砂を何度も何度もふるいにかけて作られたのだそうだ(砂の落ちるノズルの直径は0.84mm)。



ミュージアムのパンフレットには、こう記されている。

いうなれば時間の可視化である。

今日では、時間の概念は抽象的で単なる数字にすぎない。ことにデジタル時計の出現はそれを極端にした。

ところが砂時計では、いま流れている時間が見えるし、過ぎ去った時間は豊かに蓄えられて砂の山になり、残りの時間も見ることができる。








ソース:
致知2013年10月号「よい言葉がよい人生をつくる」
仁摩サンドミュージアム「世界最大の砂時計 砂暦」