2012年9月15日土曜日

江戸の庶民の「のべつまくなし食い」


江戸の庶民は「のべつまくなし食い」だったという。

一日三食はおろか、「小昼やらおやつ、虫養い、虫押え」といっては、しょっちゅう食べてばかりいたのだとか。



そんな食べてばかりの江戸の庶民に重宝されたのが、「そば屋」。

「昼も夜も、出前でも店内でも、立ち食いでも」、そばはいつでも江戸の華だったのだそうな。



出典:歴史街道 2012年 09月号
「江戸の料理 再現づくし1 ぶっかけそば」

いざという時の「彦根城」


江戸時代以前に築かれた「天守」で現存するのは全国に12基。そのうち国宝となっているのは4基で、「彦根城」はその一つだ。三重三階の天守は、徳川譜代の大藩の城郭にふさわしい優雅な雰囲気を漂わせている。

牛蒡(ごぼう)積みの石垣の上にたつ彦根城。牛蒡積みは野面積みの一種で、細長い石を差し込むようにして積み上げられている。見えている石の面積は小さいけれども奥が深く、非常に堅牢なのだという。



小高い山の上にある彦根城の天守は、遠くからでも眺められるが、防御上の配慮からか、近づくにしたがって見えにくくなる。江戸初期、「大阪城への抑え」として築かれたこともあり、その天守も大手門も大阪の方を向いている(表門だけは江戸の向き)。

じつは彦根藩主、いざという時には「京都の天皇を彦根に移す」という密命を、幕府から受けていた。常備されていた120艘の御用船は、その時のためのものだったという。

今、彦根城の屋形船は観光客用の「舟遊び」の足として、毎日忙しいとのことである。



出典:歴史街道 2012年 09月号
「彦根城」

義に厚く、潔かった「松本重太郎」

「東の渋沢栄一、西の松本重太郎」とまで言われた「松本重太郎」。

幕末に独立し、西南戦争(1877)で軍服をつくるためのラシャを大量に売りさばき、巨額の利益をつかんだ男。彼が面白いのは、大成功を収めたときに「これはマグレだ」と本気で思っていたところだ。



以後、9つの私鉄に関わったことから、「日本の私鉄王」とも呼ばれるようになる。ここに一つの逸話がある。それは関西鉄道と大阪鉄道が合併しようとした時の話。

両者は金額面で折り合いがつかない。そこには10万円の差があった。そこで仲介にでた重太郎、「双方が5万円づつ譲歩しろ」と持ちかける。しかし、どちらも呑まない。

すると重太郎、ポンと10万円の小切手を両者の前に置いた。双方が慌てて「これは受け取れない」と言うも、重太郎は「お互いが譲らないのであれば、私が払う。このまま帰してしてまっては、仲介を引き受けた者として面目が立たない」と述べたという。



この義侠心は、のちに銀行家として「致命的な欠陥」ともなった。その最悪の結果が、第百三十銀行の破綻であった(1904)。

時は日露戦争の真っ只中、国内の金融不安を避けるために、日本政府はその再建に切れ者の銀行家・安田善次郎を差し向ける。

すると重太郎、「悉皆(しっかい)出します」と言って、全財産をそっくり差し出すや、そのまま実業界を去ってしまった。さらに、ついていた役職もすべて辞任(当時・61歳)。未練を微塵も感じさせない、なんと潔い責任の取り方であろうか。



こうして全財産を失い、借家が終(つい)の棲家となった重太郎、70歳で静かに息を引きとる。

葬儀においては、棺の後に従って、2kmも3kmも重太郎を慕う人々の列が連なっていたという。義に厚く、潔かったその人物の死は、多くの人々から惜しまれたのであった…。



出典:歴史街道 2012年 09月号
「松本重太郎と南海鉄道」

戦国時代の密室劇「清須会議」


「柴田勝家は僕にはあまり『感覚派すぎる』ように感じられましたし、羽柴秀吉はあまりにも『陰謀的すぎる』。丹羽長秀の『知識人としての苦悩』が、僕自身には一番フィットしました」

脚本家として、劇作家として、そして映画監督として八面六臂の活躍を続けている「三谷幸喜」氏が手がける、初の歴史小説「清須会議」。

「ただし実際に書いてみて、一番筆が進んだのは秀吉です。もともと勝者よりも敗者に感情移入する質(たち)なので、秀吉にはあまり興味がなかったのですが、この人物は掘り下げれば掘り下げるほど面白かった」



出典:歴史街道 2012年 09月号
「肖像画に描かれた武将たちが、本当はどう語ったのだろう? 三谷幸喜」

なぜ、ハワイのマウナケア山は「世界一高い」のか?

太平洋に浮かぶ熱帯の島・ハワイにありながら、山頂で雪が降る巨大火山。ハワイの人々はこの山を「マウナケア(白き山)」と呼んだ。マウナケア山の標高は4,205mだが、海中部分を含めれば高さ9,966m、「世界一高い山」となる。

エベレストの山頂が8850mと、地球上でもっとも高い位置にあることに疑いはないが、「山体の大きさ」となるとマウナケア山には敵わない。

エベレストはヒマラヤ山脈という巨大な山脈に乗っかていることもあり、山麓から山頂までの高さは3,000m強にすぎない。一方、マウナケア山の山麓は水深5,760mほどの海底にあり、山体としての大きさは9,966mにも及ぶのである。



出典:NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2012年 09月号
「ハワイ島マウナケア 太平洋にそびえる“世界一高い山”」