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2014年5月26日月曜日

虚体で立つ [斎藤豊]




「”動きから感情を抜いていくこと”は、形を練習するうえで非常に重要だ」

と斎藤豊師は語る。



この考えは、新たに稽古で取り組みはじめた天神真楊流柔術においても言えることだという。

「天神真楊流に『片胸取(かたむなどり)』という形があるのですが、座して向かい合った一方が相手の胸を取るとき、この形がきちんととれると相手が打ち込めない状態となるんです」

試しに、斎藤師が後ろに立てた膝を前へ倒したり元に戻したりすると、そのたびに相手の攻撃が届いたり届かなかったりする。

「これは捕の意志とは関係なく起こるんです。ある状況において必要な条件を満たせば、技はかかる。そこに感情や想いといったものが介在しないのが”術”だということです」

「形を練っていくうちに、”形とは、自由に動くときの身体の感覚、あるいはその身体そのものをつくるものだ”と考えざるを得ない状態になりました。そうした動きだからこそ、自分の身体や感覚に集中できるのが古流の形だとおもいます」



たとえば伝書には「虚体となりで立居る」とある。

「この立ち方は、”ぎりぎり立っていられる最低限の力で立つ”というものでした。最小の力で立つこと。そのバランスを保ちつつそのまま動くことで、相手は倒れてしまうのです」



…






出典:DVD付き 月刊 秘伝 2014年 05月号 [雑誌]
斎藤豊「伝書から紐解く”やわら”の術理の世界」



2013年11月12日火曜日

多関節の生む異質の円運動 [太極・忽雷架]


北京で伝えられる、

極めて異質な”もう一つの太極拳”

「太極・忽雷架(こつらいか)」

海中で群れなす小魚が一斉に向きを変えるような、そんな異質な動きを連発するという。



「この暖かくもなく寒くもない地域(安徽省蕭県)の”武術熱”はずっと以前のことで、かなり古い時代まで遡るだろう」

忽雷架の若き伝承者、張長念は話す。

「ここは古来の黄河故道からあまり遠くない。黄河故道は昔から戦争や盗賊団の多い場所で、おのずと武術が発達した。この地の武術熱はその影響があるだろうと思う」



ーーゆっくりと動く套路が特徴的な太極拳にあって、太極忽雷架はその名が示すとおり、閃光のように套路の動作が一瞬にして変化して、その切れ目が判別できないことが一つの特徴となる(月刊『秘伝』2013年9月号)。

ちなみに、日本で1990年代にヒットした漫画『拳児』にもこの太極拳「忽雷架(こつらいか)」が登場する。



忽雷架では、身体各部を関節よりも細かい「圪節」に分解することで、あたかも多関節化した身体をつくりあげる。関節が少ない円運動は、クランクのような動きとなって力の無駄が多くなるが、細かい節の集合体は、音速を超える”鞭”のような動きを生じて、驚異的なスピードを生み出すこととなる。

張長念は言う。「身体の各部を”細かい節”に分解してゆく。たとえば1つの腕に7〜8つの『圪節(圪は小さな塊)』が生まれるイメージだ。圪節は細かくなればなるほど、より滑らかで可動域の大きな円を描くことが可能となる。

——忽雷架の「圪節」の概念は、ちょうど角の無数の集合体が最終的に”円に至る”といった一刀流剣術の概念に通じるものがある(月刊『秘伝』)。



張長念は言う。「全身が円を描き、細かく分解されたような状態になってはじめて、よい”勁”を発することができる。勁は”圪節”を伝わり発せられるので、圪節が細かければ細かいほど発せられる勁も強力なものとなる。全身が細かく圪節に分解された状態であれば、勁は一瞬の間にその圪節を伝わり、さらに圪節ごとに増大されて大きな威力を発することができる」

「さらに円には”蓄放”の効果もある」と彼は言う。

発勁はどこの流派にかぎらず「蓄」と「放」で構成される。「蓄」というのは、弓矢をいっぱいにひいて力をためたような状態。「放」というのは、それを一気に放った状態のことをいう。

——圪節に距離・空間があるというのは、より自在に動けることを意味する。鍛錬を重ねることで、自らの中に空間を作り出し、それによって動きはより滑らかなものとなる(月刊『秘伝』)。



ソース:月刊 秘伝 2013年 09月号
「閃光の発勁 太極忽雷架」

2013年11月11日月曜日

乖離する心と身体をつなぐ「アレクサンダー・テクニーク」



ボディワークとは?


ボディワークとは1960年代以降、アメリカで使われはじめた用語である。

カウンターカルチャーや東洋思想の影響のもと、「人間とは心身が相互に影響しあっているため、切り離してとらえることができない」との洞察が発達し、さまざまな心理療法や技法が生まれた。その中でも、主に身体(身体意識・身体感覚・身体イメージ)から働きかける身体技法をボディワークといい、

その代表的なものに
「アレクサンダー・テクニーク」
「フェルデンクライス・メソッド」
「ロルフィング」
がある。

これらのボディワークに共通していることは、身体とは「全体性を有してつながっているもの」という身体観をもっていることであり、また身体を通した”気づき”を重視していることである。

ロルフィングは被術者が歩いているところを観察するなど、身体の機能(動き)を見ているところに特徴がある。また、アレクサンダー・テクニークやフェルデンクライス・メソッドなどは、自らの身体の感覚に気づかせ、身体が本来もっている正しい姿勢や動きを引き出そうとするワーク(働きかけ)をより重視している。[引用:秘伝2013年9月号]




アレクサンダー・テクニークとは?


フレデリック・マサイアス・アレクサンダー氏が創始したボディワーク。

アレクサンダー氏は、有望な舞台俳優としてキャリアをスタートさせたものの、しばらくすると舞台上で声がかすれてしまったり、出なくなったりという困った事態に見舞われるようになった。こうした医学では対処しえない事件に対して、アレクサンダー氏は自ら原因究明に乗りだした。

原因を発見するまでには長い時間を要したが、徹底的な自己観察の結果、セリフをしゃべろうとした瞬間、無意識的に”首の後ろを縮めてしまう”という悪癖を発見した。その首の緊張が、能力の発揮を妨げていたのである。

これはアレクサンダー氏だけの癖かと思いきや、多くの役者が同様の悪癖のため能力を発揮できずにいることに気づき、これを他の俳優たちに伝えたことが契機となり、やがて多種多様な分野において、「アレクサンダー・テクニーク」として普及するようになった。



アレクサンダー・テクニークにおいては、不必要で無意識的な反応や緊張に気づき、これを抑制していくことを学習する。この際、とくに大事なのが”首の緊張を抑止すること”。頭ー首ー背骨を分離させず、関係性のあるユニットとして認識することである。

アレクサンダー氏は、頭ー首ー背骨が協調して働くとき、人間が原初的に備えている調整機能(プライマリー・コントロール)が活性化され、自らの能力が存分に発揮されると唱えている。

現在、アレクサンダー・テクニークは、世界中で多くの音楽・演劇系学校での正規の課程として採用されているだけでなく、西欧においては補完医療の一つとして保険が適用されるほどの認知度を得ている国もある。[引用:秘伝2013年9月号]








アレクサンダー・テクニークのボディワーカー「石坪佐季子(いしつぼ・さきこ)」さんは言う。

「動物にうまくできることが、人間には難しい場合が多々あります。四つ足の動物は、頭が動く方向と体幹(背骨)の方向が一致しています。ところが人間は背骨が直立したため、意思と動作が乖離してしまったのです。だからこそ、身体の再教育が必要なのです」

確かに、背骨が水平な動物は、身体が進む方向にそのまま”頭ー首ー背骨”のラインが伸びている。一方、背骨の立った人間はそのラインが上方向のまま、身体を前へと進めていくため、進むほどに心と身体は乖離していくかのようだ。

「人間は、自然のままの状態をなかなか維持できずに、自分で邪魔してしまっています。そのような場合、心身の何が変わってしまっているのかに気づくのがポイントです。とくに頭ー首ー背骨が”関係性をもって動けているかどうか”、自らを省みることが大切です」



動物同様、人間にも自らを調整する能力が備わっている。それをアレクサンダー・テクニークでは「プライマリー・コントロール」と呼んでいる。

石坪さんは言う。「元々もっているにも拘らず、往々にしてそれが見失われているのは、頭ー首ー背骨のつながりが分断されたり、頭と首の接合部に緊張が生じるためです。それに気づいたのが、アレクサンダー氏の大発見でした」

つまり、われわれ人間が自由に身体をコントロールするには、首の状態が一つのキーになるということである。



「人間は自分を見失い、一時的に機能性が低下することがあっても、自分を取り戻すことでその存在自体が完全なものとなります」と石坪さんは言う。

石坪さんの言う”自分”とは、全体としての自分である。

たとえば、握った拳を相手に上から押してもらう時、押された部分だけに集中して抵抗しても簡単に崩されてしまう。そこで、意識の置きどころを拳だけではなく、体全体のつながりに向けてみる。すると、そう簡単に崩されることはない。

「夢中になって頑張っていると、自分自身が空っぽになってしまいがちです。そういう時こそ、自分を失うことなく自身に立ち返ることが必要なのです」








”何をするか”より”何をしないか”

それがアレクサンダー・テクニーク

無意識の緊張に気づき、それをやめれば、心と身体がつながりはじめる






ソース:月刊 秘伝 2013年 09月号 [雑誌]


2013年3月1日金曜日

技術だけからは見えてこない「知恵」



それは採澤さんが、子どもに頭部操法(整体)を行なっている時だった。

「その子がニョキニョキニョキって上に伸びてきたんです…!」

施術している子どもが、採澤さんに大きな気の動きを感じさせた。

「気がグゥっと通って、ゆるむ、みたいな…」



それまでは、ただ教わったことだけを施術しているだけだった採澤さんだったが、この子どものダイレクトな反応に、ある「気づき」を得る。

「あぁ、こういうことだったんだ、って腑に落ちる感覚がありました」と採澤さん。

当時27歳だった採澤和正さんは、サラリーマンをすっぱり辞めて、整体の仕事に飛び込んでいたのであった。







すべての収入を断ち切ってまで採澤さんが師事したのは、河野智聖師(心道・動体学)。

採澤さんにとって、整体の「型」を覚えるのにさほどの困難はなかった。しかし、「どこがどう歪んでいるのか、その異常がどこから来ているのか」、それがなかなか見えてこなかった。



「武術もそうだと思うんですけど、正拳突き自体がいくら強力でも、それが当たらなきゃ意味がないですよね。相手のスキが見えるようにならないと、使えません」と採澤さん。

その「スキ」を見せてくれたのが、先述した子どもだったのだ。河野師は出張に出ることも多く、その分、弟子の採澤さんは子どもの面倒を見ることが多かった。



河野師は、「技術をたくさん学んだからといって、それで独り立ちできるわけではない」と厳しく語る。

「習いに来る人たちは、どうしても技術を聞きたがる。でも、技術自体は意外に大きい問題ではない」と河野師。

「言ってみれば、『いい刀』だけ手に入れて、それを腰に携えていても、イザという時にそれを抜かざるを得ないのか、抜かずに済ませられるのか、それを判断できることこそが大事」







かつて、河野師のそのまたお師匠(野口晴哉)は、こう言っていたという。

「お茶を出すタイミング、お風呂のタイミング…。お茶は美味しく飲める温度なのか、お風呂は心地よい温度なのか…? その辺を『察する』ことが出来るようになったら、もう卒業だ」と。

そこにはやはり、「どんなに技術だけができてもダメだ」という教えが込められていた。



そうした教えを受け継いだ河野師、弟子の採澤さんを直接指導する時間はほとんどないという。

「直接指導の時間は、数えるほどしかなかったですね」と弟子の採澤さん。「先生からは技術伝授よりも、空気みたいな『それ以外の部分』から学んだことが大きかったです」。



「場」を整えておくこと、「先」を察するということ…、「流れ」のつくり方…。

「そういう目に見えない力を身につけていく、そういう事がじつは大切」と河野師。

「やっぱり技術がついたというよりも、自然にできてしまう身体になった、という感覚なんです」と弟子の採澤さん。



それを河野師は、潜在意識に「インプット」する、と表現する。

「メロディって、突然くるじゃないですか。武術や整体も同じで、潜在意識に入れておいたことは、無意識にもずっと考え続けているんです」と河野師。

「それが、ふとした拍子にパッと出てくる」



整体の時、自分をどんどん消して、自らを「無」にしていくと、相手がありありと見えてくる。そうして初めて、相手との「共鳴」が生まれるのだ、と河野師は語る。

子どもの頭がニョキニョキと伸びるように感じた時、きっと採澤さんはその子と共鳴していたのだろう。



「私が大事にしているのは、頭の知識以上に、身体に潜む『知恵』です」と河野師。

「知識」というのは、生まれてから学習する世界のことであるのに対して、河野師の言う「知恵」とは、「身体の中に何代も前から入っている全てのもの」だ。



「答えは全部、身体が持っている」と断言する河野師。

「頭に知識ばかりを詰め込むのではなく、逆に知識をどんどん削っていって、『知恵』を引き出していく。頭で考えるのではなく、『細胞の中から浮かび上がってくるもの』を大事にしていくのです」

河野師の言う知識には、表面的な技術という意味合いも込められているようだ。



施術中に子供が泣いたら、どうするのか?

そんな小さな対応にも、その人の培ってきたものが現れる、と河野師は言う。



刀を抜くか、抜かないかの判断力。

それさえ身についていれば、多少技術が劣っていたとて問題にはならない、と河野師。



師と弟子が共有する空気、そして時間。

「師がそこにいるだけで伝わってくる何か」

弟子入り2年目となる採澤さん、師と共鳴することにより、それを身体で感じ始めているようだ。

そして、その「何か」とは明らかに技術の先にあるもの、いや、技術の元にあるものだった…!






出典:秘伝
「整体に本当に必要なものを得る時間 内弟子・採澤和正」

2013年2月22日金曜日

達人・塩田剛三の「タコとスジ」



「おい、ハサミもってこい」

合気道の「塩田剛三」館長は、ひと月半に一度はハサミで「足の親指のタコ」を切っていた。そして、そのたびに内弟子にハサミを持って来いと命じるのだった。



「ハサミぐらい、いつも館長室に置いておけばいいのに…」

内弟子だった頃の安藤師範は、ハサミを持っていくたびに、内心そう思わずにいられなかった。



ある時、内弟子たちの中で、「身体を転回する時、足のどの部分を中心に回転すればいいのか?」が議論されていた。

さまざまな意見が飛び交う中、「あっ…! 館長のあのタコこそ、その中心なんじゃないか?」と安藤師範は閃いた。



館長のタコは、足の親指の付け根の横にあった。安藤師範はハサミを持っていくたびに、その位置を自分の目で確認していた。

「ひょっとしたら、それを教えるために、わざわざ我々にハサミを持ってこさせて、タコの位置を見せてくれていたのでは?」






またある時、お風呂で塩田館長の三助(背中流し)をしていた安藤師範は、館長の腰から脇にかけて「グッと盛り上がった独特のスジ」があることに気が付いていた。

「館長以外に、あのスジがあれだけ発達している人は見たことがない。きっとあのスジは合気道の極意につながる大事な要素に違いない」



そう思った安藤師範は、その脇のスジを鍛えるために、自転車のチューブを引っ張ったり試行錯誤して鍛えてみた。

しかし、いっこうに「そのスジ」は浮かび上がってこない。どうやら、そのスジはやはり筋肉ではなく、スジのようだ。



「私自身に、このスジが浮かび上がってきたのは、ここ10年ぐらいのことですね」と安藤師範。

じつはこの脇のスジ、合気道の稽古を積み重ねていくと、自然に出てくるものであったらしい。

「基本動作を長年繰り返し、なおかつ肩に力が入らないようにしていくと、この脇のラインの意識ができてくるんです」と安藤師範。

その脇のスジがあってこそ、肩に力が入らず胸が開き、構えが変わってきて、技の効果も違ってくるのだそうだ。






出典:月刊 秘伝 2013年 02月号 (特別付録DVD付)[雑誌]
「塩田剛三館長と安藤毎夫師範」