2013年9月9日月曜日

「謦咳(けいがい)に接する」とは?



「謦咳(けいがい)に接する」とは?



「白隠(はくいん)禅師というお方の、さらにその師にあたる正受(せいじゅ)老人という方がおられました。その正受老人の傍には、いつも200人ほどの人が集まっていたそうです。ところが、その正受老人は説教もなさらないし、経も上げない。いつもニコニコしていらっしゃる。弟子たちはそのお人柄に触れたいと、それだけで自分が磨かれていくと思い、いつも正受老人の周囲は人だかりだったといいます。白隠禅師は”わが師とはそういうお方でした”とおっしゃっていたと言われています。


 人間は口舌の徒ではなく、居ながらにして人に教える、このような人にならなければいけない、と。人間は作為することのできる大儀や大文章よりも、不用意な一言や一寸(ちょっと)したことに、その人の全貌があらわれる、と」





ソース:致知2013年8月号
「学問と神道 大阪天満宮宮司 寺井種伯」


日本の原点「ホツマツタエ」とは?



「古事記」「日本書紀」以前の伝承をいまに伝えるという『ホツマツタエ』

そこに見られる日本の原点を、日本画家「鳥居禮(とりい・れい)」氏は語る。



「簡単に申し上げると、(『ホツマツタエ』には)日本はもとより世界のどこにもない宇宙創成の物語が伝えられています。

 冒頭にアメミヲヤという創造神が宇宙をつくろうと思って息をフーッと出すんですね。『初(うい)の一息』というんですが、それがグルグル回転して宇宙の大いなる壺、大壺(うつぼ・空)ができた。これは子宮と感応する重要な壺で、日本列島の東北の多賀城、富士山、琵琶湖とも関係してきます。

 その大壺に天御柱(あめのみはしら)といって天と地をつなぐ見えない霊的な柱が立ったんです。この柱は真ん中の大きな柱とその周りの8つの柱でできていて、ゴロゴロ車輪のように周ります。そして真ん中の柱は天からのアメミヲヤの神の息、生命エネルギーが地球上に吹き込まれ、周りの8つの柱は地球上の汚れを吸い上げてくれるというんです。

 そして、その回転の中からプラスとマイナス、陰陽二元の分離が起こるんです。プラスのほうはギューッと固まって赤いお宮、赤宮に安置され、そこから日と男が生まれた。マイナスのほうは月となり白宮に安置され、そこから月と女が生まれたといいます。
 興味深いのは、ウクライナには娘が結婚する時、母親から織物を渡す習慣がありまして、その一番古いものを見ると配色が赤と白なんです。その後わかったのはペルーもそうで、民族衣装はもともと赤と白を基調にしていたらしいんです。確かにサンタクロースもそうだし、バチカンでも法王が大事な儀式の時にお召しになるのは赤と白のものであったり、いろいろ探してみると世界共通の色何じゃないかと思います」



「『ホツマツタエ』では、地球上では男と女が仲睦まじい状態が一番大事だと解かれています。

 紅白二色が混じるとピンクになりますが、これは桜の色です。日本で桜を尊重するのは、男女が仲のいいことを表していますが、それを伊勢の道といいます。妹(女)と背(男)が妹背(いもせ・夫婦)、そして伊勢に変化したんです。ですから、伊勢の道とは男女仲よくなること、宇宙のプラス・マイナスと一体となることであって、それが人間一番気持ちよく過ごせるんです」



「それから『ホツマツタエ』には日本にしかない独自の死生観が記されています。

 天照大神をはじめ多くの神々が住んでいたとされる天上の世界を高天原といいますが、この原というのはお腹のことなんです。そして我々地球上に住む者は、宇宙大の子宮である大壺に身ごもった胎児だというんです。そして人生を全うして亡くなると神になって、初めて壺(子宮)の外の高天原に生まれ出る、つまり死ぬ時が本当の誕生なんです。

 ですから我々がこうやって生きているのは、胎児のようにまだ未完成な状態であって、死こそ本番なんですね」



「『ホツマツタエ』には『和(やわ)す』という言葉が出てきます。

 神々が悪者と戦う時の心得で一番大事なのが『和す』こと。つまり相手と対立し、相手と同じように心を怒らせたり荒ませたりしてはいけないということ。柔らかく結びつけていくことが大切だということです。

 ですから日本人は丸いものが一番好きなんです。魂を和して和していくと球体のように丸くなっていく。そうすると相手とぶつからないし、情報が全角度からたくさん入ってくる。

 日本民族というのは、北方から来た民族と南方から来た民族のハイブリッドで、両方の遺伝子を持っています。その上、旧石器時代、縄文時代、弥生時代と、各時代の異質な遺伝子が最も残っていて、世界に例がないくらいバリエーションが広いらしいですね。それは、日本の中で民族を根絶やしにするような激しい争いが行われず、互いに共存してきたからです。遺伝子的な多種多様性を保ちながら一つの文化を築いてきたのが、日本民族の特徴なんですね」







ソース:致知2013年8月号
「古代伝承『ホツマツタエ』が指し示す日本の道」

2013年9月2日月曜日

広瀬淡窓の◯、「万善簿」



江戸時代の儒学者「広瀬淡窓(ひろせ・たんそう)」

彼は「万善簿(まんぜんぼ)」という記録をつけ続けたという。






淡窓が大分県日田の地に開いた私塾「咸宜園(かんぎえん)」は、全国各地から門下生が集い、明治30年の閉塾までに約5,000人が学んだという、日本最大級の私塾です。各藩が設立した効率の学校とは異なる一民間人が個人的に興した私塾が、なぜこれほどの門下生を集めたのでしょうか?

その鍵は、人としての生き方を後ろ姿で示し、己の心と厳しく向き合い続ける淡窓の姿にありました。咸宜園の入門者が増えれば増えるほど、淡窓は自らを深く省み、自分自身にさらなる修養を課したといいます。

それを象徴するのが「万善簿(まんぜんぼ)」と名付けられた善行実践の記録です。一日を振り返って、良い事をしていればその分だけの「白丸◯」を、また悪い事をしていれば、その分だけの「黒丸●」を帳面に付けるというものです。そして月末には、白丸の数から黒丸の数を差し引いたものを純粋な善行の数として集計し、その累計が「一万」に達することを目指しました。

白丸の例として見られる実践項目は、「人に勧めて善を為す」「財を捨てて人を利す」「善書を著す」「怒りを忍ぶ」「放生(捕らえた生き物を放してやる)」などです。また、黒丸の例としては「殺生」「食べ過ぎ」「財を惜しむ」などが挙げられます。

淡窓は「万善簿」を54歳から付け始め、12年7ヶ月をかけて、67歳でついに「一万善」を達成します。しかし淡窓はそれで良しとせず、次の万善を目指して記録を続け、生涯を終えるまで修養を積み続けたといいます。

淡窓は50歳を過ぎた頃の自分の性格を省みて、「自分には三つの病がある」と述べています。「怠けること」「臆病なこと」「利己的でケチなこと」。この三つとも根は同じであると考えた淡窓は、まず「怠けること」から改めようと思い定め、そこから「万善」をやり抜く決意を固めたのでした。

その感化を受けた門人には、「大村益次郎(幕末期の医師・西洋学者)」「高野長英(江戸後期の蘭学者)」などの英才が現れています。



”善積まざれば、もって名を成すに足らず

悪積まざれば、もって身を滅ぼすに足らず”

(中国古典「易経」)



ソース:心を育てる月刊誌「ニューモラル」No.529
「心」を磨く生活習慣

ファッション・モデルと「坐禅」



南直哉(みなみ・じきさい)禅僧、「坐禅」を語る


初心者がいきなり2時間も坐ったら、ま、悶絶するだけで無駄ですね。姿勢をつくることで精一杯ですから。一番大事な「力をなるべく抜く」ということが出来ないんです。

ようするに人間の身体っていうのは「力を抜くほうが入れることよりずっと難しい」んですよ。一生懸命やることはできるけど「休むのは難しい」のと同じで。

人はふつう逆に考えていますが、「休め」と言われた人間は休まないんですよ。何をやっていいかわからなくて何か始めちゃいますからね。休むというのはかなり神経を使ってやらないと出来ないことで、難しいことなんですね。

僕が指導した限りでは、一番早くリラックスするというか、「坐禅らしい坐禅」になるのはファッション・モデルの人です。あの人たちはほとんど何も考えないで、言った通りにできる。

たいてい坐禅の指導を受ける人は、言われたことをしようとして考えるんです。ところがモデルの人は、やってくださいと言ったら、そのまま身体が反応する。あっという間にその形になって、結果的に一発でかなりリラックスな状態をつくれるんですよね。あれは職業柄、人の言うとおりに歩くとか形をつくるということに慣れているのかなあと思います。




「南直哉 × 為末大 求道者ふたり、本質を語る」

魚のカマスの「見えない壁」


かつて、「魚のカマス」を使って、次のような実験が行われた。


カマスを入れた水槽の中央を「透明のガラスの壁」で仕切り、その向こう側には「エサとなる小魚」を入れます。カマスがエサを獲ろうとすると、仕切りの壁にぶつかります。

カマスはこうして「痛い思い」を繰り返すうちに、ここから先へは絶対に行けない、ここを越えようとすると「痛い目に遭う」と学習します。

すると、後でガラスの壁を取り除いても、その「思い込み」によって、壁が立てられていた先には「行こうとしなくなる」というものです。

私たち人間も一人ひとり異なる「習慣」を持っており、自分では意識せずにそうした癖を日々繰り返す中で、実験のカマスのように自分自身で「思い込み」や「決め付け」を生み、「実際には存在しない壁」が今もあるかのように錯覚してしまっていることがあるかもしれません。

”私たちは、自分でつくった習慣のようにしかならない”
(古代ギリシャ哲学者・アリストテレス)




ソース:心を育てる月刊誌「ニューモラル」No.529
「心」を磨く生活習慣」