2016年4月27日水曜日

井伏鱒二と「釣り」



話:井伏鱒二(土門拳)



土門拳
「先生は、釣をしている時に、いろんなことを考えていられますか? たとえば、小説の構想なんか」



井伏鱒二

「いやぁ、考えるどころじゃないですね。

無念無想というが、そうじゃないな、無我夢中ですね。

近頃の魚は、擦(す)れてますからね。竿を出すと、こう、銀色の腹を見せて行くんです。こんなことをしていると、原稿の締め切りなんか、忘れてしまいますよ。

大体、釣をやる人は、セッカチが多いですね。餌をつける時でも、こう、しなけりゃいられないんだから、セッカチですよ。

林房雄くんは『10年釣をやって釣の話は3行書け』と言ったが、僕は10枚書いちゃった。やっぱり、間違いだね」







土門拳
「それにしても、釣は頭を休めるにいいですね」



井伏鱒二

「ああ、実にいいね。

ある心理学者の研究によると、釣は思考能力を麻痺させるそうだ。

竿当りだけに神経を集中させる、本当に感覚的な仕事なのでね。だから不眠症が治るよ」







引用:土門拳全集〈9〉風貌「井伏鱒二」




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