話:井伏鱒二(土門拳)
土門拳
「先生は、釣をしている時に、いろんなことを考えていられますか? たとえば、小説の構想なんか」
井伏鱒二
「いやぁ、考えるどころじゃないですね。
無念無想というが、そうじゃないな、無我夢中ですね。
近頃の魚は、擦
(す)れてますからね。竿を出すと、こう、銀色の腹を見せて行くんです。こんなことをしていると、原稿の締め切りなんか、忘れてしまいますよ。
大体、釣をやる人は、セッカチが多いですね。餌をつける時でも、こう、しなけりゃいられないんだから、セッカチですよ。
林房雄くんは
『10年釣をやって釣の話は3行書け』と言ったが、僕は10枚書いちゃった。やっぱり、間違いだね」
土門拳
「それにしても、釣は頭を休めるにいいですね」
井伏鱒二
「ああ、実にいいね。
ある心理学者の研究によると、
釣は思考能力を麻痺させるそうだ。
竿当りだけに神経を集中させる、本当に感覚的な仕事なのでね。だから不眠症が治るよ」
引用:
土門拳全集〈9〉風貌「井伏鱒二」
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