2016年9月20日火曜日

患者の匂いと病名と



話:V.S.ラマチャンドラン





私が医学というあいまいさに満ちた分野に興味をもったのは、シャーロック・ホームズばりの探索をするところにとても魅力を感じたからだ。患者がかかえている問題を診断するのは、科学であると同時に医術であり、観察力や推理力、人間の感覚のすべてを働かせなくてはならない。

私はK.V.シルヴェガダム博士という教授が、患者の匂いだけで病名を判定する方法を教えてくれたのだを思い出す。



糖尿病性のケトン症患者に特有のマニキュア液のような甘い息。

焼きたてのパンのようなチフス患者の匂い。

気のぬけたビールのような嫌な匂いがする腺病。

むしったばかりのニワトリの羽のような匂いの風疹。

肺膿瘍の腐敗臭。

ガラス洗浄剤のようなアンモニア臭のある肝臓病患者。

最近の小児科医なら、シュードモナス感染のグレープジュースのような匂いや、イソバレリアン酸血症の汗臭い足のような匂いを、これにつけ加えるかもしれない。



「手の指を注意深く調べなさい」

とシルヴェンガダム教授は言った。肺癌になったとき臨床的な徴候があらわれるずっと前に、指と爪床の角度がほんの少し変化して、その予兆となることがあるからだ。

驚くべきことにこの徴候 --ばち指形成-- は、外科医が癌を切除したとたんに手術台の上で、たちまち消えてしまう。この原因は今日もまだわかっていない。

別の恩師である神経学の教授は、パーキンソン病の診断をするときは「目を閉じて患者の足音で診断するように」と、いつも強調していた(パーキンソン病の患者は特徴的な足を引きずる歩き方をする)。



このような臨床医学の探偵めいた側面は、現代のハイテク医学のなかでは、滅びゆくわざであるが、私の心のなかにはしっかりと植えつけられている。

患者を注意深く観察し、聞き、触れることで、そしてそう、匂いをかぐことでも、妥当な診断に到達できる。検査はすでに知っていることを確認するために使うだけ。








引用:V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』




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