2016年9月23日金曜日

「山」と「木」と「家」と[西岡常一]



話:西岡常一





「木を買わずに、山を買え」

それは堂だけでなく民家もおなじこと。材木屋で買わずに、自分が山へはいって木材を決めてくる。柱用の木は柱に、梁(はり)用の木は梁(はり)に、という具合にね。木を見分けて使う、ということですな。

いまは曲がった木でも真っすぐに製材できますやろ。製材されたもの見てたんではわかりませんよ。自分が山へはいって土質をみて材質をかんがえ、そして山の環境をみて木の癖をかんがえてみないとあきまへん。

いまどき、こんな棟梁はいまへんな。小川(三夫)? あれならいけますよ、機会があれば。教えてあります。



簡単なことや。

土質によって木の質がちがうし、山の環境によって木の癖が生まれるちゅうことです。木は育った方位のままに使うちゅうことです。

山があるとしますな。松が生えてます。いっつも東から風がくるとすれば、松は南に枝がでているから枝に風があたって、いつもよじられるでしょう。木が真っすぐに伸びようという性質があるんでそれに対抗して、風の方向へ向かって育っていくわけです。それが癖になっている。で、この木は切ったあとでも、こう、じょーっとよじれてく。北側のはまた反対ですわ。

そやから私、台湾へ行ったかて、「ここは台風はいつもどっちからきますか?」と聞きます。東南のほうからくるゆうから、そすと、「ははーん、これは東南のほうからよじよう、よじようとしていよるな」と見て、それならこの木とこの木を組み合わせて、こういうようにしようと考えるわけですな。



山がありますと、谷、中腹、峠とありますけども、構造材、柱とか梁(はり)とかいうものは「中腹以上の木をもって使え」と。

山の上へいくほど育ちが悪いですわ。台風にもまれる、肥料分が少ない、だから谷で仮に100年の木が直径一尺(30cm)になれば、峠のほうではその半分にしかなりません。しかも年輪はおなじだけ重なってますので非常に強いです。

それで構造材には中腹以上の木を、そして造作材、天井材とか長押(なげし)とか構造に関係のない装飾的なものには谷の節のないええ木を使えということですな。



で、山にはいりましてもね、大きな大きな、樹齢が2,000年という大きなヒノキがありますわな。

そしたらあの、枝が大樹の表面からざあーっと出てね、絵になるような木があります。そんなやつは中が空洞。そして緑が若々しい色したやつも中が空洞ですわ。腐って中身がありません。太い枝でも、すぐに下がらずにいったん上がって、それから先が垂れたやつは中に芯があるんですな。

それを見分けて買うてこんと。「ほな切ってくれ」ゆうて、中、空洞やったらあきまへんさかいな。



そりゃ農業、林業、植物生理学しとかなあきまへんわ。大工するもんでもね。わたし、農業学校へ入れられたからわかるんで、農業学校へ入れられなかったらわかりませんわ。

木材として考えるんでなく、生き物として考えなあきまへんな。これ、植物生理学や。

木の芯があって、ここから枝がでて斜めに上がってますな。これ、この枝のずらーんとすぐに下がったやつは中が腐ってしまって枝がなくなっているわけです。支えの枝が。それでも薄い皮肌が残ってそこから枝がついてるわけですから、自然、だぁーっと下がる。これもやっぱり自然の法則ですわ。



このあいだ台湾の人にそう言ったらね、

「台湾人、日本人でいままでそういうこと言う人ない。本当か?」

て。

「本当だ。この木、やっぱり空洞や」

「そんなことない。中まで自信ある」

「そんなら切ってみぃ」

って。切ったら中、空っぽだった。



昔は叩きました。

たたいて音きいて、こりゃだめだ腐ってる、腐ってないってわかる。たたいてみて、ぽーんぽーんときれいな音したら中、空洞ですわ。どすんどすんと重い音するのは中がつまってる。



家を300年もたすためには、300年以上の木でなければいけないかというと、そんなことはありません。60年くらいの木をつかっておけば300年は大丈夫。ヒノキならばね。

ケヤキですか? ケヤキはヒノキ(耐用年数1,300年以上)よりも強度はあるけど、耐用年数はみじかく弱いですな。ま、800年くらいです。ケヤキ、スギの木自体の樹齢は1,000年を超すものはまれで、耐用年数は800年くらいです。





おなじ種類の木だけで家をつくる?

いや、そんなことはありませんよ。梁材はマツとかケヤキでもよろしいですよ。柱材はヒノキがいいですな。ヒノキは白アリがなかなかつきにくいんです。



いまはもう製材所で製材するしかしようがないので、なるたけ繊維を切らないように、ま、製材するちゅうことですな。

柱になるような小さい木はかまいませんけど、ここ(薬師寺)のように大きな1,000年の樹齢のものを使いますと、先のほうが細くて根元が太いですわな。皮肌に沿うて、繊維に沿うて割ってもらう。そうして製材すれば繊維がとおってるわけですわな。

昔でしたらノミやクサビを使うて割りますので、繊維に沿わなければ割れないんですけど、いまは電動ノコですから平気で真ん中からぽーんと割るんです。ぜんぶ繊維が切れてしまう。弱いですな。



ヒノキならそんなに乾かさなくても、3年も乾かせば大丈夫ですよ。ほんとうに乾燥させようと思ったら10年かかりますな。

古材はそのまますぐに使えます。昔の人はむしろ、古材を尊重します。狂いがなくなっているから。ただし耐用年数はみじかくなる。



この頃は無地を、節のない木を尊びますけど、節のある木のほうがやっぱり耐用年数が長いです。節のない木は耐用年数がみじかいです。節のないようにつくった木やからな。人間が功利的に考えてしたことは皆あかんということです。

自然のままの木をなぜ良しとしないのでしょう。そこに学問がいきませんのや、いまの建築学という学問はね。様式論でおわっているわけです。飛鳥様式、白鳳様式、天平様式…、様式論でおわってしまって材質に学問がおよびません。まちがってますな。

科学万能ではなしに、もすこし人間の直感というものを尊重してもらいたい、思うな。コンピュータより人間の天与の知恵のカンピュータがよろしわな。












話:石田温也





母屋を建てるとき、3年ぐらいかけて自分で材料を寄せました。





松は一山買ったですよ。

そんな大きな山を買ったわけでねぇ。五畝(500平方m)か六畝(600平方m)の山を。そのなかでも使える木は限られていて何本、何本ってね。いい木そだてるにはパラッパラッとしか置けねえですから。密生、混んでますと枝どうし傷ついて傷木になっちゃうんです。

スギの木だけは山武(さんぶ)杉って有名なスギを買いました。

柱にするには末口(木の直径)が五寸(15cm)以上というふうに決まっているから、ふつうの杉だと元っ脹れて(元が太く)、うらっちゃけ(先)は細くなって五寸はとれねぇ、みんなカスになっちゃうんです。



「シイの木のいいのがあります。馬車がとおる道のすぐ縁にそってね、そりゃぁいいのがあるんですよ」

と言われて、わたしは素人ですから

「出すのに便利がいいな」

と、こう思って買ったわけですよ。

ところが、馬車の車輪でシイの木の根をいためて、長いあいだにシイの木に穴があいていた。切ってみたら中がごうす(空洞)ですよ。根元まで腐ったのだったら叩いてみて音しますよ。上だけごうす(空洞)のそういう木は、元のほうは音がしない。

だけどあんた、よその家へ行って、「はしご貸してください」と言って三間(5.4m)も高いところへいって、叩いていられませんでよ。そういう使えない木を何遍も買わされました。





シイの木、ケヤキは皮が厚いでしょ。皮が厚いために乾かないんです。

庭に枕木を置いて、その上にのせて乾かすんですけれども、下になったほうは日光があたらないから乾かない。そうすると、そこから芽がでてくるんです。それで引っくり返す。

乾いたところで製材、製板。帯ノコって知ってるでしょう。製材所で使用するぴゅうんと長い大型のノコギリ刃。あれで一尺一寸の大黒柱をとろうと思ったんです。そうしたら、山で切って、庭さ持ってきて転がしておいたでしょ。乾き切っていてノコが切れねぇです。









話:原田義三





大黒柱はケヤキですね。

100年以上たったのを大黒柱にするから、家の近所で長く住んでいる人は、ケヤキの木をたいてい2本くらいは植えて太らしてたね。





離れはスギ材とマツ材と、それから栗みたいなのを使ってある。ひと通りは自分の山にある。

家を建てるのに必要な木はだいたい見当がつくから、それを切って材木にして、しばらくしたら製材所へ運んで、板や柱いうもんにした。

壁土は、天神橋の上にお墓のある山があって、そのお墓へ行くまでの途中で赤土がとれるから、それを使っていたようだ。





山の木はだいたい60年ぐらいたたなければ売れるような木にならんからね。

ぼくが親父と一緒に植えたものだったから、もう60年以上はたっとる。墓の上のずっと切り拓いた畑になっていたところにスギの木を植えた。それが大きくなっとると思うんだ。





仔牛3頭売れたら家が建つんだから、大変なもんだ。牛を大切にするのももっともだ。

昔はもう、牛はほんとうに家族の友だちだったからね。子どもころ牛買いがきて、仔牛を連れていくと涙がでよった。

親は、自分たちが百姓でほんとうに辛かったから、子どもを教員にでもしてやろうかというので学校へいかしてくれたんだけど、親はほんとうに苦労してる。そうした生活のなかでも、自分の親や子のために古材をつかい、山の木をきって家をたてた。

しかも、子孫のために長もちする丈夫な家を。

百姓は大変なものです。









話:赤坂宿





大学を卒業して県などに就職した場合、一人前になるのには少なくとも7、8年はかかるっていわれてます。わたしは学生に言ってるんですよ。

「あなたがたは、最高の学府がおわったからといって、すぐ現場で指導できると思ったら認識不足だ」と。

学生たちは教科書でひと通りの知識を得てきてますけれど、実際現場にきたとき、教科書どおりの林はないわけですよ。現場には、林業の専門知識を学ばなくとも一から十まで知っている人がたくさんいるから、教えてもらいなさいって。

たとえば、この場所は先祖代々から杉を植えてきたとか、あの場所は赤松だったとか、それから土壌が浅いとか深いとか、前は何を植えていたのか、またこの辺りの雪はどれほど降るのか、風はどの方向から吹いてくるのかなど、あらゆることをみんな知ってるんですね。

学問的な説明はできないにしても、まるで教科書にでくるような素晴らしい山づくりをしているんです。勘です。みごとなもんですよ。





木材ってのは節(ふし)があるのが当たり前で、むしろ節はコンクリートの中にある鉄筋のようなもので丈夫だということは確かなんです。

製材するときに丸太に個体番号つけまして、節の並びをうまく利用して素晴らしい家を建ててる人もいるんですよ。安くてしかも丈夫な家ができるわけですから。

新潟大学の演習林に行ってきたんですが、佐渡の演習林の材ってのは天然の老木の杉が多くて、ほとんど人為的に手を加えていないので節(ふし)だらけなんです。その杉をつかって内装した部屋を見せてもらったけど、柱、天井板、梁などすべてに天然杉独特の大きな節が見えて、みごとなものでした。





林業は100年の大計といいまして、結果がでるのは孫の代です。孫が木を斬って売ったときにはじめて、価値がでてくるものなんです。

女房の実家の周囲に、初代の人が植えたんだろうと思われる300年にちかい杉が70本ほどあります。天を突くばかりの巨木で、県が母樹林に指定したんです。昭和47年、東磐井地方をおそった豪雪にそのうちの一本だけが被害にあって、それが「100万円ちかくで売れたと」といってました。

育てようと思う人の山だから残ったんでしょうな。先祖が残してくれた宝物です。





後継者が山に対して理解を示さなくては、山はよくなりません。

金が欲しいからって木を斬り、そのあとを放置しておいたんでは山は悪くなるだけです。再造林する、更新するくらいの意欲がないとだめです。

まだ赤松の場合だったら、まわりに赤松があれば種が飛んできて、人手を借りなくても天然更新でなんとか林にはなると思いますけれども、杉はそうはいきませんからね。





いま、太い原木を見つけるのは大変なんです。

ケヤキなど特殊な材は値段があってないようなもの。栗は原木がなくて、土台にしようたって集めるのが大変で、いまや幻のような材になりました。

ブナは用途的にも少なくなりましたが、自然保護の立場からかなり制約されてきていますし、ほんとうに広葉樹の大径木は銘木的な存在になってきました。





何百年も経った材は、密度も高く丈夫なことは確かですけども、外材と国産材では丈夫さの点で違いがはっきりしています。

日本には四季があります。外材は日本の四季に対応できるとは思いません。何度か入梅期を繰り返しているとモロモロになっていくんですよ。その点、国産材はこういった気候風土のなかで育った木なので、気候の変化には十分応えてますからね。

木は、切ってしまえば死ぬと考えるのは間違いで、構造材になってからも生き続けているっていわれているんですよ。入梅期には木が水分を吸収してふくらんだ状態になり、乾燥期には水分が蒸発して元に戻るということを間断なく繰り返して、生き続けてるんです。





ほんとうに国産材は高くて、外材が安いのか。

耐用年数を考えてください。家は20年ぐらいもてばいいのか、あとは子どもの代になるから関係ないということで済ませるのか。耐用年数を考えれば、国産材は決して高くないんですから。









引用:原田紀子『西岡常一と語る 木の家は三百年』




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