2013年8月12日月曜日

カメムシの知性と人間の愚策



「憎まれっ子世にはばかる」とでも言うべきか、「臭いカメムシ」は世の中にじつに蔓延(はびこ)っている。

昆虫には、カブトムシなどのように幼虫からサナギを経て成虫へと至る「完全変態」と呼ばれる者と、カメムシなどのように幼虫からサナギを経ずして直接成虫になる「不完全変態」というものがいる。

カメムシはこの不完全変態の昆虫の中では最も種数が多く、最も繁栄しているのである。



カメムシの「あの独特の臭気」を最も嫌うのは、じつは人間ではない。「アリ」である。なぜかといえば、アリはカメムシを食べてしまう恐ろしい捕食者なのである。

試しに、アリの巣穴近くに臭気を放っているカメムシを置いてみる。すると、アリたちは慌てふためいて臭いカメムシを避けはじめる。

昆虫はフェロモンという匂いでコミュニケーションをとることが知られているが、じつはカメムシの匂いは「アリの警報フェロモン」の成分とよく似ている。だから、アリはカメムシの匂いを嗅ぐと、何か大変な危険が迫っていると勘違いしてしまうというのである。



なるほど、じつに巧妙なカメムシの匂い。

それは一種の「化学擬態」。敵の戦術をまんまと逆手にとるカメムシはたいそうな戦略家である。

と同時に、カメムシの匂いは仲間たちにとっての「警報フェロモン」でもある。それが一気に放たれれば「逃げろ」、もしゆっくりなら「集まれ」という信号にもなっているという。同じ物質を用いながら、濃度や放出の仕方を帰ることで、まったく異なる信号になるのである。



ところで、カメムシの仲間には幼虫が「アリそっくり」の種も存在する。「ホソヘリカメムシ」というのがその種で、アリに似せるのはもちろん、アリに食べられないようにするためである。

ちなみに、このホソヘリカメムシ、成虫になると羽が生えて「飛ぶハチ」に擬態する。これももちろん、脅威の捕食者ハチに食べられないようにするためである。



じつに知的なカメムシたち。

「ベニツチカメムシ」という赤と黒の甲羅を背負ったカメムシは「子育て」もする。メス親は重たい木の実をせっせと巣へと運び込み、子どもたちに食べさせる。

また、献身的な「アカギカメムシ」のメス親は、卵塊や若い幼虫に覆いかぶさって、天敵たるアリなどから子どもたちを守る習性もある。








さて、そんな頭の良い昆虫・カメムシは、人間の農業者の頭を悩ませる。大切な農作物を荒らす害虫となるカメムシの種は数多い。

「チャバネアオカメムシ」は、杉やヒノキの球果で繁殖し、柿やナシなどの果樹園に飛来しては加害する。



杉やヒノキで繁殖するチャバネアオカメムシが増えたのは、1960年代の拡大造林政策の結果、杉やヒノキの針葉樹が盛んに植林されたからである。その面積はじつに森林面積の4割、国土面積の3割を超えたのだ。

皮肉にも、害虫としてのカメムシを増やしたのは人間様の所行の因果であった。杉林の急激な増加はスギ花粉症の患者を増大させる一方、農地の果樹も甚大なる被害を受けることとなり、過度な農薬使用にもつながってしまっているのである。



困ったことに、カメムシは日本人のソウルフード「米」をも害する。

カメムシのかじった米には黒い斑点がついて「斑点米」となる。もし、1,000粒に1粒(0.1%)、出荷した米にこの斑点米が混じっていると、一等米から二等米に格下げされてしまう。それほどに米の品質基準は厳格である。

ゆえに、農家も必死になって農薬を散布してカメムシを防除せざるを得ない。なにせ、二等米の安い値段では商売が成り立ちようもないからだ。



その厳しすぎる品質基準も農家の悲劇であるが、国の減反政策もカメムシの増加を手伝った。

コメの栽培が禁じられると、その田んぼは耕作放棄地となり、斑点米カメムシにとっては格好の棲家となってしまうのである。

農薬を撒けばとりあえずカメムシは殺せる。しかしその裏では、カメムシを食べてくれる「ありがたい捕食者たち(アリやハチ、トンボやクモ類)」も死んでいることを忘れてはならない。



ただ臭いと嫌がるなかれ。

小さいと侮るなかれ。小さい者たちほど、絶妙なバランスを保持するには欠かせない者たちなのであるから。

本当の「憎まれっ子」は、もっと大きい者たちに他ならない。













(了)






出典:NHK視点論点
「カメムシの話」日本昆虫科学連合代表 藤崎憲治

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