2013年2月23日土曜日

残雪のシャクナゲに、生をみて…。



子供のドライミルクも買えなかった…。

やっていた店が倒産して、今さっき、女房ともケンカして出てきたばかりだ。



そんな話をアルバイトの面接で、正直に言った時だった。

「おまえは馬鹿か!」

その会社の会長「奥野博」氏は、足下に男を一喝した。そして、その男に金を渡した。

「あそこの薬屋でドライミルクを買って、それを家に置いて出直してこい!」



その男は、のちに映画「おくりびと」の原作となる書を世に送り出す作家「青木新門」氏。

その後、一喝された会長の会社に入社することになった青木氏は、「じつは、家族を捨てて東京で作家になろうと思っていたのです」と打ち明ける。






すると奥野会長は、こんな話を語りはじめた。

「そうか…。俺も富山から逃げ出そうと思ったことがある。

 この仕事を始めて間もなく、資金繰りに困り、気づいたら朝日岳を登っていた。道に迷い、ここで死んでもいいと思った時だった。

 残雪の崖にシャクナゲが咲いている。

 こんな寒い雪の中で花を咲かせている。そう思うと、死んでなるものかと引き返した」





奥野会長は続ける。

「親や女房子供を捨てたり、ふるさとを捨てて何をやっても、結局はうまくいかないものなのだ。

 根なし草のように根付かない。一時はうまくいっても、いつか破綻がくる」



オークスグループ会長、奥野博氏は、昨年(2012年)11月5日、逝去された(享年84歳)。

「会長、いまどこにおられます? シャクナゲの花の光の中でしょうか?」

青木氏は、追悼の文の中でそう叫ぶ。

「遅かれ早かれ、私もそこへ参ります。また、『おまえは馬鹿か!』と叱ってください…」






出典:致知2013年3月号
「追悼」

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