2014年5月30日金曜日
しゃがめないフランス人
引用:矢田部英正『日本人の坐り方』
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フランスの民俗学者であるマルセル・モースは、ある文化や習慣によって培われた立居振舞いには固有の法則性があることを発見し、これを「身体技法(techniques du corps)」と名づけた。
モースが身体技法論の着想を得たきっかけの一つには、彼が兵士として戦地に赴いたときの苦い経験がある。それは兵士たちが休息をとるときの出来事で、土壌がぬかるんでいたり、水たまりがあったりすると、フランス兵は休むために足を濡らしてしまったり、長靴を履いたまま立ち続けたりしなければならなかった。
ところが一緒にいたオーストラリア出身の白人兵は、カカトの上にしゃがみ込んで身体を休めることができた。この点に関しては、オーストラリア人兵士に劣っていることを、認めざるを得なかった。
「水(flotte)は彼らのカカトの下にあることになった」とモースの言ったこの坐り方は、単純に「しゃがみ込む姿勢」のことだった。
そしてフランス人でも子どもたちは、当たり前のようにしゃがみ込むことができるのに、大人になるとこの姿勢ができなくなるのは、社会習慣による身体機能の退化であるとモースは考えた。そしてしゃがむ行為を「子どもから取り上げてしまうのは最大の誤りである」と強い調子で主張する。
もっとも欧米社会は日本とちがい、学校でも家のなかでも靴を脱がない。したがって床に坐ったり、しゃがみ込んだりする姿勢については、衛生面からタブー視される雰囲気が社会全体に漂っているようなところがある。したがって床に坐る習慣をもたない欧米人の成人の足首は、当然の結果として極端に可動域が狭いことになる。
それは程度の差こそあれ、和式のトイレに坐ることができなくなりつつある現代日本人にも、同様の身体の退化現象が起きているといえる。
現代で「踵坐」というと、相撲取りの「蹲踞(そんきょ)」に見られるくらいで、昔の人のようにカカトの上に坐って作業をしたり、歓談をしたり、といったことはほとんど見られなくなった。床坐から椅子坐へと生活様式が変化していくなかで、地面にしゃがむことをしなくなり、マルセル・モースの賢察どおり、日本人の足首や股関節の柔軟性も大きく退化してきているだろう。
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出典:矢田部英正『日本人の坐り方』
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