2015年4月9日木曜日

「君、食べたんか?」 [松下幸之助]



話:上甲晃






 松下政経塾の頃、私が一番心を砕いたのは役員会だったのです。役員会では松下幸之助理事長のもとに人が集まりますが、役員は当時の錚々たるメンバーで、いわば日本の第一人者と言われる人たちでした。テレビか新聞、雑誌でしか見たことのないような人物がゾローっと並ぶわけですから、われわれは大変な気遣いをしました。

 とりわけ私が心を砕いたのは”お昼のお弁当”です。「どんな弁当を出すか」というのに大変心を砕いたのです。あらゆる弁当屋さんから情報を集めて、それを一覧表にして、この弁当にはどんな材料が入っていてとか、価格も書いて、写真まで撮って決裁をもらいに行きました。



 松下幸之助がずっと説明を聞いていて、最後に一言

「うまそうやな」

と言ったので、私も何気なく

「美味しいと思います」

と言ったのです。



 すると松下幸之助の顔が変わりました。

「君…、いま”思う”と言ったな。…食べたんか?」

とこう言うのです。

「いえ、食べてません…」

と言ったら

「なんで大事なお客さんに弁当を出すのに、自分で食べてへんのや?」

と叱られたのです。



「自分で実際に食べてみる。あ~うまい。分量もちょうどいい具合。これだったらきっと喜んでもらえる、と思って出す弁当は、弁当とともに君の心が伝わるんや。君、それが魂の入った仕事やで。君の仕事には魂がはいっていない」

と、こう言うのです。自分で実際に食べてみる。これが一次情報なのです。美味しいなと思う。これが一次情報なのです。

「すべてそういうレベルで仕事をしていかないと、仕事は上滑りしてしまう。そういうレベルで仕事をすればカネ以上の値打ちがでる」

と言って叱られたのです。







この

「食べたんか?」

という言葉に表われているように、あらゆることにおいて松下幸之助はお客さん一人一人のことを考えて実践したのです。つねに

「現地・現場で、現物に向かってやれ」

ということを徹底してやられたのが、まさに一次情報なのです。一次情報というのは”これは私しか持っていない情報です”ということです。「調べろ」というと、今の若い人はすぐにスマホやインターネットに向かうわけです。そうすれば膨大な情報がとれる。けれども残念ながら、それは人と同じ情報なのです。

「パソコンに向かう前に、現場に向かおう」

というのが我々の合言葉なのです。「徹底して一時情報で勝負しろ」、「現実をこの目で見よう、現実をこの手で触ってみよう」。この耳で聞いて全身で感じたもの、それがまさに一次情報なのです。なので、まず第一に現場に向かう、そして現場に立つというのが大原則なのです。

「すべて現場に立ってみる」

これは松下幸之助に教えられたことなのです。







 志摩観光ホテルというホテルがあります。かつてそこに伝説上の人物、総料理長、兼総支配人で高橋忠之さんとう人がいました。私も彼と同い年でお付き合いがあったのですが、彼も凄いと思いました。彼はこう言うのです。

「私は自分のホテルで提供している全ての客室に泊まっています。そして私は、自分がホテルで提供している全ての料理を食べています」

 これが一次情報ですよね。それが出来ていないと、お客様の仰っていることの意味が分からないのです。

「お宅の部屋、ちょっと暗いんじゃない?」

と言われても、自分で泊まったことがなければ「そうですかね」としか言いようがありません。

「お宅の料理、最近ちょっと甘いんじゃない?」

と言われても、自分で食べたことがなくては「そうですかね」としか言いようがないのです。







 こういう時代ですから、もちろんインターネットやスマホの情報は極めて大事です。ですが、その根本に一次情報をどれだけ持っているかということがいかに大事か、ということを松下政経塾では教えています。すべて現地、現場。

「現地・現場に行って、自らの体験をする。頭に叩き込む知識ではなくて、心に刻み込む勉強をせぇ」

 松下政経塾は政治家を育てる学校ですから、政治学の勉強をすると誰でも思いますが、しかし幸之助はこう言いました。

「そんな勉強せんでえぇ」

と。
















(了)






ソース:10ミニッツ TVオピニオン
上甲晃「青年塾運営のための3つの約束」




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