2015年5月10日日曜日

「内に含まん」…『荘子』




『荘子』 胠篋(きょきょう)篇 第十より









擢亂六律,鑠絕竽瑟,塞瞽曠之耳,而天下始人含其聰矣。

六律を擢乱(てきらん)し、竿瑟(うしつ)を鑠絶(しゃくぜつ)して、瞽曠(ここう)の耳を塞(ふさ)げば、而(すなわ)ち天下始めて人ごとに其の聡(そう)を含まん。

六律六呂といった音調をかき乱し、竿(ふえ)や瑟(こと)を焼きすてて、師曠(しこう)の耳をふさいでしまったなら、そこで始めて世界じゅうの人々が自分の本来の聴く力を内に持つことになるだろう。



滅文章,散五采,膠離朱之目,而天始人含其明矣。

文章を滅ぼし、五采(彩)を散じて、離朱(りしゅ)の目を膠(にかわ)すれば、而ち天下始めて人ごとに其の明(めい)を含まん。

華美な飾りもようを滅ぼし、さまざまな色どりを消散させて、離朱の目を膠づけにしてしまったなら、そこで始めて世界じゅうの人々が自分の本来の視る力を内に持つことになるだろう。



毀絕鉤繩,而棄規矩,攦工倕之指,而天下始人有其巧矣。

鉤縄(こうじょう)を毀絶(きぜつ)し、規矩(きく)を面(背)棄して、工倕(こうすい)の指を攦(れき)すれば、而ち天下始めて人ごとに其の巧(こう)を含まん。

鉤(まるがね)や墨なわをうちこわし、規(ぶんまわし)や矩(さしがね)を棄て去って、工倕(こうすい)の指を痛めつけたなら、そこで始めて世界じゅうの人々が自分の本来の巧みさを内に持つことになるだろう。



故曰:大巧若拙。

故に曰わく、大巧は拙(せつ)なるが若(ごと)しと。

だから、「ほんとうの巧みさは、まるでへたくそのようだ」といわれている。



削曾、史之行,鉗楊、墨之口,攘棄仁義,而天下之德始玄同矣。

曾・史の行を削り、楊・墨の口を鉗(とざ)し、仁義を攘(はら)い棄つれば、而ち天下の徳は初めて玄同せん。

曾参(そうしん)や史鰌(ししゆう)の行為をしりぞけ、楊朱(ようしゅ)や墨翟(ぼくてき)の口をふさぎとめ、仁義の徳を除き去ってしまったなら、そこで始めて世界じゅうの徳が玄妙な一致を示すであろう。



彼人含其明,則天下不鑠矣﹔

彼(か)の人ごとに其の明を含まば、則ち天下は鑠(焼)かれず。

世の人々がすべて自分の本来の視る力を内に持つようになれば、世界は焼きつくされることがない。



人含其聰,則天下不累矣﹔

人ごとに其の聡を含まば、則ち天下は累(わずら)わされず。

世の人々がすべて自分の本来の聴く力を内に持つようになれば、世界は乱されることがない。



人含其知,則天下不惑矣﹔

人ごとに其の知を含まば、則ち天下は惑わされず。

人々が自分の本来の知恵を内にたくわえるようになれば、世界は惑わされることがない。



人含其德,則天下不僻矣。

人ごとに其の徳を含まば、則ち天下は僻(かたよ)らず。

人々が自分の本来の徳(もちまえ)を内にたくわえるようになれば、世界は横道にそれることがない。



彼曾、史、楊、墨、師曠、工倕、離朱,皆外立其德而爚亂天下者也,法之所無用也。

彼の曾・史・楊・墨・師曠・工倕・離朱なる者は、皆な外に其の徳を立てて、以て天下を爚乱(やくらん)せし者なり。法の用うるなき所なり。

あの曾参や史鰌や楊朱や墨翟や、師曠や工倕や離朱は、いずれもその徳を外界に表だてて、それで世界をかき乱したものどもである。模範としては役にたたないのである。







原文:莊子 胠篋篇
読み下し文・訳文:荘子 第2冊 外篇 (岩波文庫 青 206-2)



註(同出):

「六律」…音調の十二律のうち陽声の六つ。六呂に対するが、ここではそれをも含んだ意味。

「擢乱」…馬叙倫いう、攪乱と同じ。

「竿」…笙(しょう)に似た竹笛。管の端に三十六の薄葉があるという。

「瑟」…大琴

「鑠絶」…焼絶に同じ

「瞽曠」…盲目(めくら)の師曠の意。師曠のことを瞽曠というのは、楽師が多く盲人であったからではあるが、『荘子』中でここだけである。

「工倕」…堯の時の名工という。倕という名の細工師。

「指を攦(れき)す」…拶指と同じで、指の間に木をはさんで締めつけること。拷問の方法であるが、ここでは器用な指先をだめにすること。

「大巧は拙(せつ)なるが若(ごと)し」…『老子』四十五章の文。

「玄同」…玄妙な同一性の意味。『老子』五十六章に「其の光を和(やわら)らげ、其の塵(ちり)に同ず、是れを玄同と謂う」とある。




六律を擢乱(てきらん)し、竿瑟(うしつ)を鑠絶(しゃくぜつ)して、瞽曠(ここう)の耳を塞(ふさ)げば、而(すなわ)ち天下始めて人ごとに其の聡(そう)を含まん。

文章を滅ぼし、五采(彩)を散じて、離朱(りしゅ)の目を膠(にかわ)すれば、而ち天下始めて人ごとに其の明(めい)を含まん。

鉤縄(こうじょう)を毀絶(きぜつ)し、規矩(きく)を面(背)棄して、工倕(こうすい)の指を攦(れき)すれば、而ち天下始めて人ごとに其の巧(こう)を含まん。



故に曰わく、大巧は拙(せつ)なるが若(ごと)しと。

曾・史の行を削り、楊・墨の口を鉗(とざ)し、仁義を攘(はら)い棄つれば、而ち天下の徳は初めて玄同せん。



彼(か)の人ごとに其の明を含まば、則ち天下は鑠(焼)かれず。

人ごとに其の聡を含まば、則ち天下は累(わずら)わされず。

人ごとに其の知を含まば、則ち天下は惑わされず。

人ごとに其の徳を含まば、則ち天下は僻(かたよ)らず。



彼の曾・史・楊・墨・師曠・工倕・離朱なる者は、皆な外に其の徳を立てて、以て天下を爚乱(やくらん)せし者なり。法の用うるなき所なり。



読み下し文:荘子 第2冊 外篇 (岩波文庫 青 206-2)















擢亂六律,鑠絕竽瑟,塞瞽曠之耳,而天下始人含其聰矣。

滅文章,散五采,膠離朱之目,而天始人含其明矣。

毀絕鉤繩,而棄規矩,攦工倕之指,而天下始人有其巧矣。



故曰:大巧若拙。

削曾、史之行,鉗楊、墨之口,攘棄仁義,而天下之德始玄同矣。



彼人含其明,則天下不鑠矣﹔

人含其聰,則天下不累矣﹔

人含其知,則天下不惑矣﹔

人含其德,則天下不僻矣。



彼曾、史、楊、墨、師曠、工倕、離朱,皆外立其德而爚亂天下者也,法之所無用也。



原文:莊子 胠篋篇






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