2015年6月15日月曜日

益田池碑銘[空海] 解説2


〜坂田光全『性霊集講義』より〜
益田池碑銘[空海]解説1からの「つづき」



章意:
淳和天皇の御即位について記し奉れるもの

今上 膺堯揖譲 馭舜寳圖 照玉燭乎二儀 撫赤子於八島

今上(きんじょう)堯(げう)の揖譲(いうじゃう)に膺(あた)って舜(しゅん)の寳圖(ほうと)を馭(ぎょ)す。玉燭(ぎょくしょく)を二儀(じぎ)に照(てら)し、赤子(せきし)を八島(はったう)に撫(ぶ)す。

字訓:
「今上」…淳和帝
「堯揖譲」…昔支那の堯帝が礼儀をつくして舜に位を譲られたといふ故事を指す。
「寳圖」…寳位のこと
「玉燭」…四時に気候の調和をすること。即ちこれ帝の仁政に基くものである。されば帝の徳光を意味す。
「二儀」…天地のこと。
「赤子」…万民のこと。
「八島」…大八洲の国で、日本全国のこと。

講義:
今上陛下淳和天皇は、先帝嵯峨天皇の堯の揖譲のそれよりも麗はしき譲位をうけさせられ給はれて、寳位に御して徳光を以て二儀の天下を普く照したまひ、大八洲の万民を我が子の如くに撫愛し給ふ。



寶圖(宝図)

玉燭
二儀

八島


章意:
淳和帝により藤紀二氏の代りに新に二名の長官が任命せられ給ひしことを示す。

簡伴平章事國道 代撿國事 并抜藤廣任刺史 兩公撿挍池事

伴平章事國道(はんへいしゃうじくにみち)を簡(えら)んで代(かは)って國の事を撿(けん)せしむ。并(ならび)に藤廣(ふじひろ)を抜(ぬき)んでて刺史(しし)に任ず。兩公(りょうこう)池の事に撿挍(けんぎゃう)す。

字訓:
「伴平章事國道」…伴は大伴氏、平章事は参議。國道は名である。
「藤廣」…姓は藤、名は藤廣。大和の守に任ぜらる。
「刺史」…国の守。
「撿挍」…事務を検知、校量すること。

講義:
仁慈にまします淳和帝は、参議大伴氏の國道を選ばれて大和の国の国事を撿知せしめ、また藤の藤廣を抜擢して大和の国の守たる刺史に任命せらる。かくてこの両公を以て更に益田の池の築造の事務を検知、校量せしむることにしたのである。


國事

藤廣

刺史

撿挍




章意:
池の工事の進捗の有り様を記せしもの。

於焉 靑鳬引塊 數千之馬日聚 赤馬驅人 百計之夫夜集

焉(ここ)に於(おい)て靑鳬(せいふつ)塊(つちくれ)を引(ひき)て數千(すうせん)の馬日(ひび)に聚(あつま)り、赤馬(せきば)人を驅(かっ)て百計之夫(はくけいのふ)夜(よなよな)集(あつま)る

字訓:
「靑鳬」…銭のこと。これにつき左の如き故事がある。即ち蝉に似て蝉よりも大きい所の虫があり、これを青蚨と名く。この青蚨の子を捕へ帰るときは必ずその母飛び来って子に就く習性がある。そこで其の母を殺して銭に塗りつけ、其の子を殺して貫(ぜにさし)に塗りつく。かくて母を塗りたる方の銭を以て市場で買物して家に帰れば、その銭も帰ってくるのであると言はれている。この銭を青蚨と名け、いま靑鳬と云うは「鳬」と「蚨」と音同じ故に鳬の字を用いたのである。
「赤馬」…『便蒙』には舟の義とし、『私記』には舟車とし、『聞書』には趨車の義とす。今は『聞書』に従い「趨車」の義をとる。
「驅人」…趨車を見ていると、人は車の前にあり車は人の後にありて走っている様はあたかも車が人を逐っているかの如くに見ゆる故に「驅人」と云う。
「百計」…百人千人等たくさんの人のこと。
「夜集」…夜を以て昼の盛事を偲ばし顕わさんとすること。

講義:
新長官によりて池の工事の進捗する有り様を記すと。日日銭を以て数千の馬を雇ひ集めて塊を引かせているのであるけれども、それは恰(あたか)も銭によって聚っているのではなくして、かの子の青鳬の処へ、母なる青鳬が飛び来る如くに自発的に慕ひ集って来、一生懸命に塊を運んでいるかの様に思はれ、その塊を運ぶ車の走れるさまは丁度車が人を逐っているかの如き観を呈しながら、百人千人等の多くの人々が日々夜々に働いているのである。


於焉





章意:
前章に同じく工事の有り様を記せしもの。

既而車馬轟轟而電往 男女磤磤而靁歸 土雰雰而雪積 堤倏忽而雲騰

既(すで)にして車馬(しゃば)轟々(くわうくわう)として電(いなびかり)のごとくに往(ゆ)き、男女(だんじょ)磤々(いんいん)として靁(いかづち)のごとくに歸(おもむ)く。土(つち)雰々(ふんふん)として雪のごとくに積み、堤(つつみ)倏忽(しくこつ)として雲のごとくに騰(あが)る。

字訓:
「轟々」…かまびすしき昔の形容。
「電往」…いなづまの如くにはやく往来すること。
「磤々」…「磤」は殷で、殷々は盛なる貌。
「靁」…雷の本字。
「雰々」…雪の降る貌。
「倏忽」…たちまちに。

講義:
既にか様にして車馬轟々とかまびすしき音をたてながら電の如くにすばやく往来し、多くの男女が殷々とにぎやかに雷の如きやかましき音をとどろかせながら往来し、かくて土塊雰々として雪の如くに積み上り、池堤たちまちのうちに雲の如くに高く築き立つことが出来たのである。



轟々

男女


雰々





章意:
築造工事の速かなることを記せしもの。

宛如靈神之 挺埴 還疑洪鱸之化産 成也不日 畢也不年 造之人也 辨之天也

宛(あたか)も靈神(れいしん)の埴(はに)を挺(ねや)せるが如し。還(かえ)って洪鱸(こうろ)の化産(くわさん)せるかと疑(うたが)う。成(なる)ること不日(ふじつ)にして畢(おは)ること不年(ふねん)なり。之(これ)を造(つく)るは人(ひと)也。之を辨(べん)ずるは天(てん)也。

字訓:
「宛」…サナガラの義。
「靈神」…「靈」は天神、「神」は地神。
「挺埴」…「挺(原文は土偏)」はねやし和すこと。「埴」はねば土のこと。即ち粘土をねり和して器を作ること。
「洪鱸」…大爐。
「化産」…化生に同じ。
「不日」…やがての意。
「不年」…年ならずの意であるが早速なることの譬であるから、少しばかりの年月なることを意味す。
「天」…天子の御こと。

講義:
か様に池の工事はたちまちに成れることは丁度霊神が粘土をねり和して器物を作れるが如にして、忽ちに天地の大爐を以て化生せしめたのであるかとさへ思ふ程に速になされたものである。さればその成就すること不日にしてその畢ること不年なりと云ふべきである。か様に速に工事をなし遂げたのは工事にたずさはれる人々の努力であるが、之を能く弁じ築造するに至れるは 上御一人の御力であられ給ふのである。


靈神


不日




天地



次回につづく




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