2014年4月4日金曜日

知るものは言わず、言うものは知らない。 [猫の妙術]


話:古猫


昔、わが隣郷に猫あり。
むかし隣村に、ある猫がいた。

終日眠りいて気勢なし。木にて作りたる猫のごとし。人、その鼠を取りたるを見ず。
その猫は一日中寝てばかり。まるで木で作った猫のようにやる気がなく、村人たちは、その猫がネズミを獲ったところを見たことがなかった。

しかれども彼猫の至る所、近辺に鼠なし。処を替えても然り。
しかしそれでも、その猫のいる辺りにはネズミが一匹もいなかった。猫が居場所を替えると、またネズミはいなくなる。


我行きてその故を問ふ。
そこで私はその猫のところへ行き、その理由を訊いた。

彼猫、答へず。
けれども、その猫は何も答えない。

四たび問へども、四たび答へず。
四度きいても、四度とも返答がない。

答ふる処を知らざるなり。
というのも、その猫はどう答えてよいか分からなかったのだ。



是をもって知る。
そして、私はよく分かった。

知るものは言わず、言ふものは知らざることを。
知っている者だからこそ言葉にならず、言葉にする者のほうが実は知らないということを。

彼猫は、己を忘れ物を忘れて、物なきに帰す。
その猫は自分も何も無くなって、空(くう)となっていたのである。

神武にして殺さずといふものなり。
神のごとき武に達すれば、殺すということがなくなるのであろう。

我もまた、彼に及ばざること遠し。
自分はまだまだ、かの猫には遠く及びもしないのだ。






出典:『猫の妙術』佚斎樗山

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