〜話:加藤咄堂〜
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宗矩(むねのり)一日雨降るの中を、ヒラリと庭の飛石(とびいし)に下り、またヒラリと縁に帰り、電光石火、衣袂(いべい)少しも潤はず。沢庵(たくあん)に誇りていふ。
「和尚、これが出来るか」
沢庵、悠々として庭に下り来り、衣袂ことごとく潤ふ。すなわち宗矩(むねのり)を顧みて曰く
「此(かく)の如くにして正しきに適(かな)ふ。卿(おんみ)の為すところは軽業師(かるわざし)の行ふ道のみ」と。
又一日、五寸ばかりの細長き板を縁と縁とに渡して、
「柳生(宗矩)殿、これが渡れるか」と。
宗矩(むねのり)、
「これは嬰児(あかご)でも渡れる」
といふと、さればかくして渡り得るかと、其の板を屋上に架す。宗矩、色少しく阻む。和尚、大笑していふ、
「猫でも渡るぞ」と。
板動かずして、心まづ動く。和尚これを戒めたるなり。
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出典:加藤咄堂『
剣客禅話』
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