話:登山家・野口健
(標高)6,000m越えると『匂い』がなくなるんですよ。
とくに氷河の上になると、匂いがスッと消えて。これは氷河に限らず、南極もそうだったし、砂漠もそうですよね。生き物がいなくなると匂いって消えるんですよ、スーッと。
で、匂いが消えると不安になっちゃうんですね。匂いを探しちゃうんですよ、無意識のうちに匂いを探す自分がいて。どっかで匂いって”命”なんですよね。生きているものがあるから匂いがあって。
ある時、僕はヒマラヤのマナスル(標高8,163m)って山に行ったんですけど、ここ雪崩がすごく多くて。雪崩ばっかは気をつけようがないので。確率なんですよね、運なんです。
だから、そこ行く前に僕の知り合いがね、一カ所案内してやるって京都の祇園に連れてってもらったんですよ。ほんで、芸者さんの横に座るじゃないですか。で、芸子さんの”うなじ”? 髪の毛の鬢づけと白粉(おしろい)塗ってますよね、あのミックスした匂いがね、ものすごく癒されたんですよ(笑)。
あんまり近づくと変態ですから、目をつぶって、できるだけ吸い込んでたら彼女が不審に思ってね。「なんで、そんなに匂いかぐんですか?」って聞いてきた。だから、「ヒマラヤって匂いがない世界でね。匂いがないって命がないでしょ。だから不安になってね。オレ来週からヒマラヤだから、今のうちにこの匂いを感じて、この匂いを肺に入れてヒマラヤに持って行きたい」って言ったら、意外とわかってくれたんです。
2〜3日したら、彼女から小包が届いて。何だろうと思って開けたら、缶詰がコロンと出てきた。見たらね、「京都の芸者のうなじの香り」っていう缶詰なんですよ。関西の方、何でもつくるんですね、売ってるんですよ(笑)。
そして手紙があって、「この缶詰を私と思ってヒマラヤに持って行ってくださいね」。もう、涙が出ましたね。
そんで僕、その缶詰もってヒマラヤ行ったんですよ。テントん中でブシュって開けましたら、香りが強すぎて目が痛くなって(笑)。そんで、いろいろ考えて、テントの外、3〜4mくらい遠くに置いて、風向きによって若干(匂いが)入ってくるくらいが丁度よかったですね。
ソース:SWITCHインタビュー
「野口健 × 平野啓一郎」
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