From:
週刊東洋経済 2016年10/8号
藤澤茂義
『記憶の司令塔、海馬を解明する』
過去、現在、未来をネズミは認識している
ではエピソード記憶は海馬において、具体的にどのように形成されているのでしょうか。海馬研究の歴史のなかでも重要なものの一つに、2014年ノーベル生理学・医学賞を受賞したジョン・オキーフ、エドヴァルト・モーザー、マイブリット・モーザーによるネズミを用いた空間認識に関する研究があります。
オキーフたちは、ネズミの脳内には空間認識をつかさどる部位があり、それはきっと海馬だろうという仮説を立てました。海馬には視覚や触覚、味覚、聴覚などの情報が感覚野から集められているため、これらを海馬で統合し空間認識をおこなっているのだろうと考えたのです。
そこでネズミの海馬に極小電極を埋め込んだうえで、四角い箱に入れて自由に走り回らせ、海馬のニューロン(神経細胞)の活動の様子を観察しました。
すると、箱の中で左上に来たときには、海馬のニューロンのなかでも、ある一つのニューロンが発火(興奮)し、右下に来たときにはまた別のニューロンが発火するというように、移動する場所によって、発火するニューロンが異なることがわかりました。
オキーフたちは、特定の場所にいるときに反応するニューロンのことを「場所細胞」と名付けました。つまり海馬の場所細胞によって、マウスは自分が空間のどの位置にいるかを認識しているわけです。
さらに彼らは、「場所細胞の位相前進」という面白い現象を発見します。ネズミが箱の中を場所1、場所2、場所3とどんどん移動していくと、その都度、場所細胞1や2や3が発火します。場所細胞の発火は1回で終わらず、その後もある一定の間隔で発火しつづけるのですが、そのタイミングが少しずつ前へとずれていきます。
すると場所2に来たときは、0.1秒の短い時間で、まず場所細胞1が発火し、つぎに場所細胞2、そしてこれから向かおうとしている場所細胞3の順番で発火します。自分がどこから来て、今どこにいて、これからどこへ行こうとしているかについての情報が、海馬において短い時間のなかに圧縮して表現されているわけです。
つまりネズミは、過去―現在―未来を認識しながら、移動していると考えられます。
画像:週刊東洋経済 2016年10/8号 |
休んでいるときも場所細胞が発火
オキーフたちによる場所細胞や、場所細胞の位相前進の発見の後、今度は米国のデイビッド・フォスターという研究者が、ネズミが箱の中を走り回るのをやめて体を休めているときも、場所細胞の発火が再生されているのを見つけました。
しかもこのときには、場所細胞5→4→3→2→1というように、逆の順番で、時間的に圧縮されて再生されていることがわかりました。
これはネズミが箱の中を走り回った経路を思い出し、覚えようとしているということだと推測されます。エピソード記憶は海馬のなかで、こうやって形成されているわけです。これは人間もほぼ同じであると考えられています。
興味深いのは、場所細胞の圧縮再生の活動は、睡眠中にも見られることです。記憶の定着にとって、睡眠は非常に大切であるということです。エピソード記憶はマウスよりも犬や猫、チンパンジーや人間というように、脳の進化につれて、より高次かつ複雑な記憶を形成し、維持することが可能になっていきます。
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週刊東洋経済 2016年10/8号
藤澤茂義
『記憶の司令塔、海馬を解明する』
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