2018年5月9日水曜日

人間とサルにしかない細胞【感情の小さな秘密】


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レイ・カーツワイル
シンギュラリティは近い






人間の脳のもっとも複雑な能力――わたしはこれがもっとも決定的なものだと思う――が、感情に関わる知能だ。

われわれの脳の複雑で相互に連結された階層の最上部に不安定に位置するのは、さまざまある高次の機能の中でも、感情を知覚し適切に反応し、社会的な状況において互いに交流し、道徳観をもち、冗談を理解し、絵画や音楽に感情的に反応する能力だ。

知覚や分析のより低次の機能が脳の感情のプロセスに送り込まれているのは確かだが、脳のこの領域についての理解はようやく始まったばかりであり、こうした問題を扱う特殊なタイプのニューロンのモデル化も着手されつつある。

これらの新たな洞察は、人間の脳が他の哺乳類の脳とどのように異なるのかを理解しようとした研究から最近になって得られたものだ。人間と他の哺乳類との間の差異はごくわずかではあるが決定的なものだというのが、その答えである。

その違いから、脳がどのようにして感情やそれに伴う気持ちを処理するのかを知ることができる。違いのひとつに、人間にはより大きな皮質がある、という点がある。そのために、計画や、判断、その他の形の分析的な思考を行う能力が高くなっている。

もうひとつの重要な違いを表す特性は、感情をかきたてる状況が、紡錘細胞と呼ばれる特殊な細胞で処理されているらしい、ということだ。この細胞は、人間と、数種類の類人猿にしか見つかっていない。この神経細胞は大きく、先端樹状突起と呼ばれる長い組織をもち、それが、他の多数の脳の領域から入ってくる広範な信号とつながる。

こうした類いの「深い」相互連結、つまり、ある種のニューロンが多数の領域にわたる連結を確保している、という特徴は、進化の梯子を上に登るにつれ、ますます多く目につくものだ。このように感情や道徳判断の処理に関わっている紡錘細胞が、深い相互連結の形態をもっているということは、われわれの感情的な反応の複雑さに鑑みれば、驚くことではない。

ところが、驚くべきことは、この働きを担う脳の領域もそもそも小さいが、紡錘細胞がその中にごくわずかしかないことだ。人間の脳にはおよそ8万個しかない(右半球に約4万5千、左半球に約3万5千)。左右の半球で数に差があるのは、感情的な知能は右脳の領分だとする認識を裏づけるものに思われる。ただし、その差はわずかであるが。

ゴリラにはこの細胞が約1万6千個あり、ボノボには約2,100個、チンパンジーには約1,800個ある。残りの哺乳類には、この細胞はまったくない。



アリゾナ州フェニックスにあるバロー神経学研究所のアーサー・クレイグ博士は、最近、紡錘細胞の構造についての論考を発表した。

皮膚や筋肉や器官やその他の領域にある神経など、身体からの入力(毎秒数百メガビットと推定)が、上部脊髄に流れ込む。これらの入力は、手触りや温度、酸の量(筋肉中の乳酸など)、胃腸管を通る食物の動き、この他さまざまな種類の情報を、メッセージとして運んでいる。

このデータは、脳幹と中脳を通じて処理される。ラミナ1ニューロンと呼ばれる重要な細胞が、最新の状態を反映した身体マップを作成する。これは、航空管制官が飛行機の経路をたどるのに使う図に似ていなくもない。

そのあと情報は、後腹内側核(VMpo)と呼ばれる豆粒ほどの大きさの領域に流れ込む。ここは、身体の状況にたいして複雑な反応を計算するところだ。たとえば、「まずい味だ」とか、「くさいぞ」とか、「この軽いタッチが刺激的」とか。

ますます高度になった情報は、大脳皮質の中の、島(とう)と呼ばれる2つの領域にたどりつく。小さな指くらいの大きさのこの構造は、皮質の左右にそれぞれ位置している。クレイグは、VMpoと2つの島の領域を「モノ的なわたしを表すシステム」だと描写する。

メカニズムはまだ解明されていないが、これらの領域は、自己認識や複雑な感情にとって非常に重要なところだ。他の動物のこれらの領域は、ずっと小さい。たとえばVMpoは、マカクでは砂粒ほどの大きさだし、もっと下等な動物ではさらに小さい。

こうした発見は、われわれの感情は脳の中でも身体マップをもつ領域と密接に関連している、とするアイオワ大学のアントニオ・ダマシオ博士が提唱し、広く受け入れられつつある考え方と一致している。さらにまた、われわれの思考の多くは、身体に向けられていて、身体を保護し強化するとともに、身体の無数のニーズや欲求に応えている、とする見方とも一致している。

つい最近、もともとは身体からの感覚情報として生じたものが、さらにまた別のレベルの処理を施されている事例が見つかった。

2つの島の領域から発せられたデータは、前部島皮質と呼ばれる右島の前方にある小さな部分に向かう。ここは紡錘細胞のある領域であり、fMRIのスキャンから、愛情や怒りや悲しみ、性的な欲望などの高次の感情を覚えるときには特に活発になることが明らかにされている。紡錘細胞が強く活性化される状況には、被験者が恋人を見たり、自分の赤ん坊が泣く声を聞いたりしたときなどがある。

人類学者たちは、紡錘細胞は1千万年前から1千5百万年前に、いまだ発見されてはいない、サルと初期のヒト科の共通の先祖の中に初めて登場し、およそ10万年前あたりにその数を急速に増やした、と考えている。

おもしろいことに、紡錘細胞は新生児には存在せず、4ヶ月目ぐらいになってようやく出現しはじめ、1歳から3歳までのあいだに著しく増える。子どもが道徳的な問題を考えたり、愛情などの高いレベルの感情を察知したりする能力は、これと同じ時期に発達するものだ。

紡錘細胞は、長く伸びた先端樹状突起が脳の他の多くの領域と深く相互連結することからパワーを得ている。したがって、紡錘細胞が処理する高次の感情は、知覚や認識に関するすべての領域の影響をうけていることになる。よって、紡錘細胞が接続している多数の領域のモデル化を改善しないかぎり、紡錘細胞の正確な働きのリバースエンジニアリングは難しいだろう。

それにしても、感情に専門で関わっているこうしたニューロンの数が、これほど少ないとは驚きだ。技能育成に関わるニューロンは、小脳のなかに500億あり、知覚や合理的な計画のための変換をおこなうニューロンは大脳皮質のなかに数10億あるというのに、高次の感情をあつかう紡錘細胞が、たったの8万個ばかりとは。

銘記しておくべきは、紡錘細胞は合理的な問題解決をおこなわない、ということである。音楽に反応したり、恋に落ちたりするのを、合理的にコントロールできないのはそれゆえである。だが、脳の残りの部分は、謎の多い高次の感情をなんとか理解しようと懸命に努力している。



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レイ・カーツワイル
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