2013年5月16日木曜日
「因縁」の種、不正思惟。空海
「因縁(いんねん)」とは?
内的な原因を「因」といい
外的な条件を「縁」という
その内外の結果が「果」となる
「因・縁・果」
これらは仏教で語られる言葉である。
「煩悩」は、なにを因縁とするのか?
それは「不正思惟」である、と空海は言う(十住心論)。
空海のいう不正思惟の因縁には、12種ある。
無明・行・識・名色・六処・触・受・愛・取・有・生・老死
これ(不正思惟)をもってその因となし、「無明」を縁とす。
「無明」を因とし、「行」を縁とす。
「行」を因とし、「識」を縁とす。
「識」を因とし、名色を「縁」とす。
「名色」を因とし、「六処」を縁とす。
「六処」を因とし、「触」を縁とす。
「触」を因とし、「受」を縁とす。
「受」を因とし、「愛」を縁とす。
「愛」を因とし、「取」を縁とす。
「取」を因とし、「有」を縁とす。
「有」を因とし、「生」を縁とす。
「生」を因とし、「老死」を縁とす。
グルグル巡る、因と縁。
因が縁を生み、縁が因を生む。
内外の原因が織りなすその連鎖が続くほどに、煩悩は勢いを増していく。
その止まらぬ連鎖を断ち切るには、元の元を正さなければならない。
そのことを諭すのが、「十住心論」の第五「抜業因種心(ばつごういんじゅしん)」。
「無明、種を抜く。業生、己に除いて、無言に果を得」
「因縁の種」である不正思惟(邪な思惟)。それを抜き去ることができた時、その果である「自分一人の悟り(独覚)」は得られる、と空海は言っている。
出典:致知2013年6月号
空海の「十住心論」をかじる
「空海の言葉に学ぶ生き方のヒント 矢山利彦」
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