「リスク(危険)を冒す」
それはかつて「先天的」、つまり生まれつきリスクを厭わない人がいるのだと考えられていた。たとえば、「女性は生まれつき男性よりも慎重だ」とか「10代の若者はリスク志向が強い」といった感じで。
ところが最近、そうした固定観念を覆す研究結果がいくつか出ており、その結果、普段は極めて慎重な人も「そのときの感情」や「周囲の環境」で、突然リスクを侵す可能性が高いことも明らかになっている。
アメリカの財務アドバイザー、「ポール・カスマン」さん(36)。
顧客の資金を扱うカスマンさんは、その仕事柄か、普段は非常に慎重に物事を進める性格だ。
だが、「投資」という生き馬の目を抜く世界にあって、「イザという時に備える必要がある」とも考える。
その一時の勝負に備えるため、カスマンさんはハイウェイを最高速のバイクで乗り回すようになった。
「1秒でも集中力を失えば、衝突・炎上して死ぬだろう」と、カスマンさんのアドレナリンは最高潮に達する。
時には、ミグ戦闘機に搭乗し、時速1,000マイル(時速1,600km)超で高度7万フィート(2万1,000m)まで上昇する。
危険を過大に恐れてしまうと、新たな冒険には飛び込めなくなる。逆に過小に危険をみくびれば、何も考えずに危険に飛び込むことにもなる。
「たいていの人は『慣れない環境』に踏み込む時、うまくいかなかった場合の結果を必要以上に恐れている」と、リスクを研究しているマージー・ウォーレル氏は話す。
だが、自らの安全地帯から一歩踏み出した時、人は普段よりもリスクを取るようにもなる、とウォーレル氏は言う。
たとえば、画家のアイオーネ・フレッチャー・クレブンさん(67)。
普段は物静かな彼が、ある春の夜、自宅の庭から聞こえてきた「ケンカの物音」に「イラッ」ときた。その庭には、息子と2人で植えたばかりの植物がある。それを荒らされてはたまらない。
クレブンさんがドアを開けて庭を見ると、ナイフで刺された少年と、血に濡れたナイフをもった屈強そうな男が立っていた。
「背骨がカッとなるのを感じた」というクレブンさん。「自分で自分が怖くなるほど怒り狂っていた」。
怒髪天をついたクレブンさんは、屈強な男のナイフをもった手首をねじり上げると、「Get out of here!(出ていけ!)」と怒鳴った。ややもすると、クレブンさんはその男の手首をねじ切ってしまいかねないほどの剣幕だった。
ほうほうのていで逃げ出す男。
その後ろ姿を眺めているうちに、クレブンさんは我に帰っていた。
飛行機の嫌いなクレブンさん、普段はそんな危険は侵さない。賭け事だって1度もしたことがない。
「今でも自分が冒した危険に驚いている」とクレブンさん。息子と植えた植物を荒らされて、いつも以上に「強い感情」に支配されてしまった。
ある調査によれば、プライドを傷つけられたり、子供を守るために必死になったりと、「強い感情」が胸の内から湧き上がってきた時に、人は必要以上のリスクを取る傾向もある、ということが分かっている。
また、差別されたり拒否されたりしても、常ならぬリスクを冒す危険は高いともいう。
一方、「コロンビア・カード・タスク」という実験では、「10代の若者だから必ずしもリスクを取るわけではない」ということが示されている。
カードをめくって「笑顔のマーク」が出れば勝ち。お金をもらえる。逆に「しかめっ面のネコの顔」が出てくれば負け。お金を失う。
この実験は2通りのバージョンがあり、1つ目は、予め何枚のカードをめくるかを決めておく方法(コールド・バージョン)。2つ目は、はじめに何枚のカードをめくるか決めておかずに、1枚ずつめくり、その時の結果に応じて次をめくるか決める方法(ホット・バージョン)。
はじめに何枚めくるかを予め決めておくほうが、「コールド」と呼ばれるように、冷静に客観的な決断が下せる。
その一方、はじめに何枚めくるか決めておかないと、場合によっては勝負熱がエスカレートして、必要以上の資金を失う危険がある。「ホット」と呼ばれる所以である。
「ホット・バージョンの場合、人は後悔しそうな危険を冒しがちだ」
ベルント・フィグネル助教(ラドバウンド大学)は、そう言う。彼は実験の考案者であり心理学者でもある。
「ホット・バージョンは、バーに飲みにでかけ、1杯飲むごとにもう1杯飲むかどうかを決めるようなもので、どうしても飲み過ぎる」
コールド・バージョンの方では、10代の若者でさえ「冷戦な判断」を下すことができる。たとえばお酒なら、予め飲む杯数が決められているのだから。
ところが、ホット・バージョンとなると、普段は冷戦沈着な老紳士ですら、判断を誤ってのめり込んでしまうことがある。
やはり「リスクを冒す」のは、生まれつきだけではなさそうだ。
感情の過度の高まり、もしくは外的環境に少なからず左右される。
逆に危険なのは、普段は「大丈夫だ」と自分で思っている人かもしれない。
確かに自分の安全地帯のなかでは大丈夫なのかもしれない。だが、そこから一歩足が踏み出て締まった時…
人はどうなるか分からない…
(了)
出典:The Wall Street Journal
「人はなぜリスクを冒すのか」
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