話:桜井章一
たとえば、海に素で潜るとき、初めての人は潜る前に目一杯に息を吸ったりするんですが、これだと海中に入ってすぐに息が苦しくなります。
一杯に吸っておけばより長い時間潜れるんじゃないかと考えるのでしょうが、それだとすぐに苦しくなってしまう。むしろ一息軽く吸って潜ったほうが、長く潜っていられるわけです。
これと同じで、いっぱいいっぱいの欲をもつと苦しくなって病になっていく。ほんの一息吸うように、欲を軽めにもつと楽々と生きられるんだと思います。
…
引用:桜井章一『賢い身体 バカな身体
たとえば、海に素で潜るとき、初めての人は潜る前に目一杯に息を吸ったりするんですが、これだと海中に入ってすぐに息が苦しくなります。
一杯に吸っておけばより長い時間潜れるんじゃないかと考えるのでしょうが、それだとすぐに苦しくなってしまう。むしろ一息軽く吸って潜ったほうが、長く潜っていられるわけです。
これと同じで、いっぱいいっぱいの欲をもつと苦しくなって病になっていく。ほんの一息吸うように、欲を軽めにもつと楽々と生きられるんだと思います。
…
「私たちの感覚世界へのアウェアネス(意識)は、実際に起こった時点からかなりの時間、遅延することになります。私たちが自覚したものは、それに先立つ”およそ0.5秒前にすでに起こっていること”になるのです。私たちは、現在の実際の瞬間について意識していません。私たちは常に少しだけ遅れていることになるのです」
人間には意識できない”無意識という時間帯”が存在していることが、『マインド・タイム』の著者ベンジャミン・リベット博士の実験により証明されています。
たとえば「危ない」と思って車のブレーキを踏むような場合、じつは身体は先に無意識に何かが動き、次に無意識の行動としてブレーキを踏む。これが0.2秒後なのだそうです。そしてブレーキを踏んでいることが自覚できるのは0.5秒後です。つまり、頭で「危険だ」と認識するのは0.5秒後であるということです。したがって、頭が「危ない」と思ったときからの意識の行動では遅いということです。危険な状況下では、気づいたときには手遅れという状態になりかねません。
事故などで危ない目に遭うと、そのコンマ何秒かのわずかの時間に、いろいろなことが浮かびます。そんなことを考えるような時間はないはずなのですが、あらゆるものがスローモーションになって見えたりします。自分の内面の時間が速くなる分、外面の時間の流れが遅くなるということです。すなわち、高速度撮影時の再生時のスローと同じことが起きているわけです。
このことは人によって時間が異なるということも示唆しています。人間におけるスピードはまさにその起こりがベンジャミン・リベットの言う、0.2秒前の世界なのか、0.5秒後の世界なのかで違ってくるのです。それは物事を身体で気づくか、頭で気づくかの差ともいえます。すなわち、0.5秒後の世界にとどまる人は、常に意識が働いているので行動に時間がかかります。また迷ったり悩んだりするときの時間も同じく止まったものになっていきます。
たとえば、電車におばあさんが乗ってきた。席を譲ろうかな、は意識であり0.5秒後の世界にあります。しかし、「気づいたら席を譲っている自分がいました」、これが無意識の行動であり0.2秒の世界です。無意識には、頭で考えるという意識が介入しません。
子供の時間は、大人と比べて桁違いに速いのです。それは大人は客観的な時間に縛られがちなのに対し、子供は主観的な時間の世界にいるからです。つまり主観的時間である内面のスピードは0.2秒内にあり、客観的時間の外面のスピードは0.5秒後にあり、どちらの時間にいるかで速い、遅いの差が出てくるということです。そしてそれは当然、その人の行動のスピードの差となって現れるのです。
…
京都の銀閣寺に行ったときの話です。
庭というものは座敷に座って見るように設計されていて、立って見るもんじゃないんです。知ってましたか? 座ると、軒先の高さに応じて借景をどう計算しているか、というのが見えるわけで、座ってはじめて、軒先と鴨居・敷居に区切られて浮かび上がる構図の見事さがわかる。
僕はその日、ちゃんと庭に向かって座っていました。そしたら庭師が向こうから、
「永さん、さすがだな、座ってくれてますね」
「ええ、お庭は座って拝見しないと」
そうしたら、その庭師さん、
「最近、座って見てくれる方がいないんです。あなた、そこ、お座りになっているところに、足利将軍さんが座ってたんです」
銀閣寺だから、そうでしょうね。でも、つぎの言葉にはびっくりしました。
「足利将軍さんがご覧になったままの庭を、永さん、いまあなたがご覧になっているわけです」
そりゃ、いくら何でもウソだと思いますよね。五百年以上も前と同じわけはない。
「いいえ、そうなんです。ここは、むかし将軍が見たままになっています。悔しいけど、借景はそうじゃない。借景はそうじゃないけど、でもこの庭はそのときのまんま」
「そのまんまって言ったって、木が生えてきて何百年もたっているんだから、同じはずはないでしょう?」
「永さんはお若い。盆栽のことがわかってない。盆栽という芸はここから生まれるんですよ。盆栽は育てたら盆栽じゃない。育てない、何百年たとうが育てないようにして生かしておく。だから盆栽なんだ」
そう言われれば、そうですね。樹齢三百年なんていう盆栽があるじゃないですか。それにしてもびっくりしました。室町時代の庭はいまでも”室町時代の庭のまんま”だというんですから。「足利将軍さんがご覧になったとおりの庭をいまあなたは見ているんですよ」と言われたとき、職人の仕事って怖い、と思いました。
…
…
羽黒山伏の始祖・能除太子(蜂子皇子)は、聖徳太子のいとこであり、暗殺を恐れて戦いのあった都を逃れ、海の彼方から羽黒山(山形)へとたどり着いたという伝説をもっています。
彼は無知で、『般若心経』を覚えることができませんでしたが、「能除一切苦(のうじょいっさいく)」の一節だけを覚えて、それを繰り返し唱えることで人々を救ったと云われます。
「悪面かぎりなく、身の色黒く、とても人間のようには見えない」という異様な人物として伝わっています。
…
南の島なんかへ行くと、マングローブの木がありますよね。
マングローブは長い実をつけるんですが、親の木が「こいつは強い子だな」と思うと、(その実の)先を尖らせて落すんだそうです。それが地面に突き刺さって、そこからまた一本の木になる。
反対に「こいつは弱いな」と思うと、先を尖らせないで川に流れるままにする。流されていった実は、競争相手のいないところで根を生やして成長していく。
…
鷹のある種類は、ヒナが互いの生存をかけて兄弟同士で戦い、生き残ったほうを親が育てる。
人間からすれば酷いことをしているように見える。わが子なのに、と。でも、それは鷹の本能のなかにあるもの。
…
人から見れば差別的な感じがしますけど、まったく自然の摂理なわけです。
人は、子どもを分け隔てなく育てなきゃいけない。それが優しさや思いやりと思われたりするけど、それは人が勝手にそうしているだけであって、自然からみれば見せかけの優しさだったりするかもしれない。
世間の表面的な常識にしたがった綺麗ごとだけで済ませようとしていると、おかしなことにもなる。少しでもそうならないようにするためにも、人間社会の問題を自然の観点から見ていくのは大切なことだと思いますね。
…
人気劇画『ゴルゴ13』の作者、さいとう・たかを氏が少年時代、白紙で答案用紙を出したら、担任の先生に
「白紙で出すのは自由だ。しかし、白紙でも出した責任はあるんだから、自分の名前くらい書け」
と言われて、それが心に響いたということをどこかで書かれていましたね。自分が大人扱いされているというか、子ども心にその教師の姿勢がカッコイイと思ったんでしょうね。
それで、その人が東郷という名前だったから、ゴルゴ13の名前を「デューク東郷」にしたということです。
鎌倉時代の有名な禅匠は歌う。
弓も折れ
矢も尽きはつる
ところにて
さしもゆるさで
強く射てみよ
矢幹(やがら)なき矢を、弦なき弓で射れば、そはかならず、かつて極東の人々の歴史におこったように岩をも突き通すであろう。
禅宗と同様に、芸術のすべての部門において、この”危機の通過”ということは、あらゆる創造的作品の根源に到達するために極めて肝要だと考えられている。
…
…
ゾンビのようにふらふらになりながら、月山(がっさん)山頂のお社に着くと、僕たち以外にも、白装束を着て参拝する年配の方たちが目に付きます。お社では、月山の神や仏が祀られているだけではなく、死者の魂の供養もおこなわれていました。老人たちは自分たちの祖先の霊に出会うため、ここまでやって来ていたのです。
…
月山に限らず、古代から山は「生の世界」と「死の世界」の境界とも考えられているそうです。
人は死ぬと霊魂となって、しばらくは里に近い”端にある山”という意味の「ハヤマ」と呼ばれる低山(出羽三山では羽黒山)にとどまり子孫たちを見守り、三十三年ともいわれる長い時間をへて浄化され、奥深い山「ミヤマ(出羽三山では月山)」に登り、山の神になると云います。
…
大聖坊(羽黒山)に着いて、僕らは夜間抖擻(とそう)に出かけました。手向(とうげ)から少し離れた森の中を歩いていました。昨晩と同じように「死の世界」を感じます。
しかし、昼間、月山で感じた”死”とは種類が違うようです。月山はとても透き通ってクリアな世界でした。月山は、においもシンプルでしたが、羽黒の森の中は、どこか獣じみた、粘り気のあるにおいです。歩くたびに少し重みがあるような空気が身体にまとわり付いてくるような感じがします。それは不愉快であったり、恐ろしかったりはしません。ずっと身近にあったはずのもののようです。眠りにつくときに、目を瞑るとあらわれるような暗闇でした。
月山や羽黒の”闇の違い”を感じて、死者の霊が低山にとどまり、やがて高い山に登って神になると考えた古の人々の感覚が、現代人の自分の中にも同じように流れているように思えました。
…
羽黒山伏の秋の峰入り修業は「籠り行」とも言われ、東北を中心に東日本に広がる「ハヤマ籠り」という儀礼が強い影響をあたえているとされています。ハヤマとは、集落の近くにある低い山で、死霊の集う山です。死者の霊魂はハヤマを経てミヤマへと登って行きます。
ハヤマ信仰をもつ共同体の若者は、死者の埋葬地で死の世界に触れることで、新たに成人男性として生まれ変わることができると考えられました。生をも否定しかねない死の呪力が社会に躍動をあたえる原動力と考えられ、死の世界である山は、新たしい生命がやってくる生の世界でもあったのです。
ハヤマ籠りのような、男性が集団になって山などの聖地に籠る成人儀礼は、縄文時代からおこなわれていたと推測されます。それを裏付けるように、東北各地の低山では、死者の埋葬地と考えられる縄文時代の遺跡が多く見つかっています(羽黒山でも縄文遺跡が発見されています)。
ちなみに、列島各地にもハヤマは残っていて、現在は「羽山」や「葉山」と呼ばれています。
…
…
山伏修業、諸注意
…装束を着けるまえに、成瀬くんから諸注意があります。まず修行中、携帯電話は非常時以外は使わないこと。もちろんテレビも見られず、パソコンも使えません。
また、返事は「はい」ではなく、「承(う)けたもう」で応えることも教わりました。
羽黒山伏の返事には、それ以外の言葉はありません。すべて受け入れ、どんなことも断らないという意味だそうです。
…
空手の投げの場合は、力で投げるんじゃなくして、技で投げるのもあるんだけど、だいたいの空手の投げの基本は”相手を硬くさせること”。瞬間的にグッと硬くなる。それを投げる。
そこのやり方は忍術みたいな感じで、はたで見ておってもわかりにくい。だから技かけるのもわからない。忍者がドロンと隠れるでしょう、あれと同じで、技かけるのがはたで見えないような気がする。そういうのが空手の投げ技の基本であって絶対条件。
相手を硬くさせる。相手に技かけた瞬間、相手は棒みたいにまっすぐになる。いわば、その術をかける。「術」なんですね、技というより。
剣道の最後の段階には、十分資格のある師範だけにしか与えられぬ奥義がある。腕の鍛錬だけでは不十分である。腕の熟達だけではまだ弟子気分を超えない。この秘伝(奥義)は「水月」といって師範のあいだに知られている。
ある著者によると、つぎのように説明されている。
「水中の月とは、どういう意味であるか?」
「剣道の各流儀ではいろいろに説明されているが、要するに、水のあるところ如何なるところにも、月が『無心』の状態で映る、その映りかたを会得することである。嵯峨の広沢ノ池のほとりで詠まれた御製の一つに、
うつるとも月もおもはず
うつすとも水もおもはぬ
広沢の池」
この歌から、人は無心の秘訣を洞徹するに違いない。そこには人の手による工夫の痕は一つもない、あらゆるものが大自然に任される(それは禅の教えである「無心論」)。
「さらにそれは幾百の流れに映る一つの月の如きである。
月光が幾百の影に分かれるのではなくて、影を映す水があるのである。月光はそれを映す水がないところでも、依然おなじことである。さらにまた、多くの水があるところでも、ささやかな水溜りのところでも、月の光に変わりはない。
これから類推すれば、心の神秘は理解しやすい。しかし、月と水とは触れうる物質である。心には形なく、その働きは跡づけ難い。象徴はかくして全ての真理ではなくして、暗示にすぎぬ」
ある席で、「文武両道」の話がでた。
日本在住のアメリカ人が「今の日本には、文武両道を生きる人がいない」という主旨の本を出版した。著者いわく、「アメリカには、メジャー・リーガーでありながら医者になったり、NFL(プロ・フットボール)の選手が引退して弁護士になるなどの例がたくさんある。勉強もするし、スポーツもする。ところが最近の日本では、そういう人材がほとんどいない」と言う。
この話を聞いて、宇城師範が言った。
「文武両道の本質は違うんですよ。ほとんどの人は、文と武の二つができて文武両道だと思っている。そうじゃありません。われわれは、文と武、ふたつで一つという発想なんです」
文だけでもダメ。武だけでもダメ。文と武が”両方できてもダメ”。できる、というレベルが相対的な比較で、いずれも自転車に乗れるレベル(頭で考えずとも身体で知っているレベル)に届いていなければ、文武両道の本質は満たされない。
宇城師範の話を聞いていると、ある水準を超えてできる「身体脳(身体が二度と忘れない行動回路。たとえば自転車)」ができると、文も武も一緒。文武両道とは「物事を成し遂げる方法を身体で知っていて、それが身体でできる人」ではないだろうか。勉強でもスポーツでも、自転車に乗れるレベルに達していなければ、文武両道ではない。
本来、その本質を肌でわかっているはずの日本人が、当たり前の基準を忘れている。だから最近は、文と武ができる人を安易に文武両道ともてはやす傾向がある。
…
つぎの話によって「無心」というものを説明しよう。
一人の樵夫が奥山でせっせと樹を切っていた。
”さとり”という動物が現れた。平素は里に見当たらぬたいへん珍しい生きものだった。
樵夫は生け捕りにしようと思った。動物は彼の心を読んだ。
「お前は己を生け捕りにしようと思っているね」
度肝を抜かれて、樵夫は言葉もでないでいると、動物はいった。
「そら、お前は己の読心力にびっくりしている」
ますます驚いて、樵夫は斧の一撃によって彼をうちたおしてくれんという考を抱いた。すると、”さとり”は叫んだ。
「やァ、お前は己を殺そうと思っているな」
樵夫はまったくどぎまぎして、この不思議な動物を片付けることの不可能を覚ったので、自分の仕事のほうを続けようと思った。”さとり”は寛大な気配を見せなかった。なおも追及していった。
「そら、とうとう、お前は己をあきらめてしまったナ」
樵夫は、自分をどうしてよいか、わからなかった、おなじくこの動物をどう扱っていいか判らなかった。とうとう、この事態にまったく諦めをつけて、斧を取り上げた。”さとり”のいることなぞ気に掛けないで、勇気をだして一心に、ふたたび樹を切り始めた。
そうやっているうち、偶然に斧の頭が柄から飛んで、その動物を撃ち殺した。いくら読心の智慧をもっていたこの動物でも、「無心」の心まで読むわけにはゆかなかったのだ。
たとえば、人から話しかけられたときには、ただちに「諾」と答える。ーーそれが不動智である。話し掛けられたとき、いかなる用があるのかと不審がったりして熟考するならば、それは心の「止る」のでありーーすなわち、混乱と無智(沢庵のいう住地煩悩)とであり、いまだ尋常の智の人であることを示すのである。
問に対して即座に応ずるところのものは、「仏陀の智慧」であり、それは神々と賢愚の別なく人間を含めたいっさいのものに、あまねく分ち与えられているものである。この「智慧」に命ぜられて行動するときは、人は仏か神である。
神道・歌道・心・儒教の教えはさまざまであるが、みな究竟において「唯一心(ワン・マインド)」の実現を目指している(唯一心・仏陀の智慧・不動智は同一物の名称である)。この「心」を説明するために、言葉は不十分である。説明すれば心は分割されて、そこに「我」と「非我」が生じ、(この二元性のゆえに)われわれは善悪のいっさいの行為をとげることとなり、「業(カルマ)」のもてあそびものとなるよりほかない。
「業(カルマ)」もじつは「心」から発する。ゆえに最も肝要なことは「心そのもの」を洞徹することである。この洞徹力をもつ人は少なく、われわれの多くはその働きに関して無知である。
…
片野元彦さんという”藍の絞り染めの職人”さんがいました。
現役のパリパリで活躍していた頃なんですが、あるとき、料理屋で自分のつくった風呂敷が額縁に入れて飾られているのを見た。それで仕事をやめちゃったんです。
「これはきっと、オレのつくった風呂敷が物を包むためのものじゃなくて、”額縁に入れるのにふさわしいようなもの”になってしまったからだろう。オレの仕事がどこかで威張っていたとすれば恥ずかしい」
片野さんはそう思って、自分のつくったものからそういう嫌らしさが消えるまで、仕事をしないと言った人でした。
ボディワークとは1960年代以降、アメリカで使われはじめた用語である。
カウンターカルチャーや東洋思想の影響のもと、「人間とは心身が相互に影響しあっているため、切り離してとらえることができない」との洞察が発達し、さまざまな心理療法や技法が生まれた。その中でも、主に身体(身体意識・身体感覚・身体イメージ)から働きかける身体技法をボディワークといい、
その代表的なものに
「アレクサンダー・テクニーク」
「フェルデンクライス・メソッド」
「ロルフィング」
がある。
これらのボディワークに共通していることは、身体とは「全体性を有してつながっているもの」という身体観をもっていることであり、また身体を通した”気づき”を重視していることである。
ロルフィングは被術者が歩いているところを観察するなど、身体の機能(動き)を見ているところに特徴がある。また、アレクサンダー・テクニークやフェルデンクライス・メソッドなどは、自らの身体の感覚に気づかせ、身体が本来もっている正しい姿勢や動きを引き出そうとするワーク(働きかけ)をより重視している。[引用:秘伝2013年9月号]
フレデリック・マサイアス・アレクサンダー氏が創始したボディワーク。
アレクサンダー氏は、有望な舞台俳優としてキャリアをスタートさせたものの、しばらくすると舞台上で声がかすれてしまったり、出なくなったりという困った事態に見舞われるようになった。こうした医学では対処しえない事件に対して、アレクサンダー氏は自ら原因究明に乗りだした。
原因を発見するまでには長い時間を要したが、徹底的な自己観察の結果、セリフをしゃべろうとした瞬間、無意識的に”首の後ろを縮めてしまう”という悪癖を発見した。その首の緊張が、能力の発揮を妨げていたのである。
これはアレクサンダー氏だけの癖かと思いきや、多くの役者が同様の悪癖のため能力を発揮できずにいることに気づき、これを他の俳優たちに伝えたことが契機となり、やがて多種多様な分野において、「アレクサンダー・テクニーク」として普及するようになった。
アレクサンダー・テクニークにおいては、不必要で無意識的な反応や緊張に気づき、これを抑制していくことを学習する。この際、とくに大事なのが”首の緊張を抑止すること”。頭ー首ー背骨を分離させず、関係性のあるユニットとして認識することである。
アレクサンダー氏は、頭ー首ー背骨が協調して働くとき、人間が原初的に備えている調整機能(プライマリー・コントロール)が活性化され、自らの能力が存分に発揮されると唱えている。
現在、アレクサンダー・テクニークは、世界中で多くの音楽・演劇系学校での正規の課程として採用されているだけでなく、西欧においては補完医療の一つとして保険が適用されるほどの認知度を得ている国もある。[引用:秘伝2013年9月号]
107歳で亡くなった木彫家の平櫛田中(ひらぐし・でんちゅう)さんは、100歳のとき、30年分の材料を仕入れたという。おそらく平櫛さんは死を忘れてしまうほどの制作への情熱を持っていたのだろう。また、後に人間国宝となる刀匠家の宮入行平(みやいり・ゆきひら)さんに彫刀や小刀を注文した際は気に入ったものができず、いい切れ味が出せるまで宮入さんを弟子入りさせて鍛えたという。
私は平櫛田中さんのことを伝聞でしか知らないが、察するにこのような徹底した職人肌の人にはホンモノの存在感が漂っていたのではないかと思う。
「あの人はホンモノだ」「あれはニセモノだ」といった評し方を、人に対してすることがあるが、何をもってホンモノか、あるいはニセモノなのかという理由は感覚的なものなので定義しづらい。だが、ニセモノといわれるような人の場合は、たいてい他人から「なんかインチキな感じがするね」と受け取られることが多いものだ。反対にホンモノといわれるような人は、その理由がわかる人にはわかって、わからない人にはピンとこないものである。
私の場合、「ああ、この人はホンモノだ」と感じるときの基準は、ある意味、明快である。それはカラダにごまかしようもなく表れるものだからだ。
数年前のことだが、温泉場の近くの山道を歩いていたとき、尿意をもよおし、「おしっこでもするか」と適当な場所を探していたら、大きな荷物を背負ったお婆さんとすれ違ったことがある。
ところが、そのお百姓らしきお婆さんの動きがなんともいえず見事だったのである。つい見とれてしまって、おしっこをするのも忘れてしまったほどだった。老人にしては一切無駄のない極めて自然なカラダ使いだった。
挨拶をしたら、やはりすごくいいものが返ってくる。「喉、渇いてない? うちはすぐそこだから、よかったらお茶もってくるよ」と。生き方というものは、そのまま動きに出るものなのだ。
…
カラダは厳しい環境下に置かれると、思いもよらぬ可能性を開いてみせてくれる。いわゆる「火事場の馬鹿力」といったものはまさしくその一例だが、カラダは不利な条件の下に置かれると、それを打ち破っていく力を発揮するものだ。
私は麻雀の勝負で不利な状況、相手に9の分があり、こちらには1しかないというような時こそが勝負所と思って、現役時代戦ってきた。五分と五分の局面でののるかそるかといった局面でのしのぎ合いは、別に勝負所でもなんでもない。こちらが圧倒的に不利なときこそ、そこで踏ん張ればとてつもない力が出て、一気に形勢が逆転するのである。それこそが本当の勝負所なのだと思う。
土壇場でこそものすごい力が出てくるのであれば、追いつめられるというのはその意味ではけっして悪いことではない。
私は大きな勝負のときは、いつも一週間くらい前からほとんど食わず、寝ずで過ごした。といっても何か目的意識を持って食べたいのを我慢し、眠たいのを我慢したわけではない。本当に食べたくない、眠たくないのである。
カラダを横にするにしても夜通し、表の物干し台で服のままゴロンとなって過ごす。冬の寒風吹きすさぶ夜空の下でもそんなことをしていた。動物のようにずっと外気に触れていたくなるのである。
カラダはそういう状態に置かれると、「このままだったら危ない、死ぬぞ」となり、眠っている本能が揺さぶられるのだと思う。ふだん人間として生きていることで身につけている思考は剥がれ落ち、本能のようなものがむき出しになってくる感覚がまさしくそこにはあった。野生の動物が本能を研ぎ澄まして戦いに挑むのと同じようなものが、そのときの自分にはあったのかもしれない。
何日もそうやってほとんど寝ず、食べずの状態でいると、意識がものすごく覚醒してきて、ちょっとした物音でも耳をろうするほどの大音響となって聞こえたりするのである。
たとえば、カレーライスを少しだけ口に入れようとしてお皿にスプーンが触れたりすると、ただのカチャカチャする音がグワ〜ンと大きな鐘を叩いたような音になって耳を襲ってくるのだ。だから、勝負を前にした数日間はスプーンやフォークなどの金属の食器は使うことができなかった。
そうした異常ともいえる状態で勝負に臨むと、思考が一切入らない純粋な感覚だけで牌を操っている。そして見えないはずの相手の牌の柄を感じ取ることもできるのである。
比叡山延暦寺に千日回峰行という修行がある。その修行の一つにお堂にこもって9日間、断食、断水、不眠、不臥で過ごすというものがある。そのような条件での人間の生理的限界は3日間とされているから、命がけの極めて危険な行だ。瞑目している修行者は線香の灰が落ちる音も聞こえるという。
これは、私が食べず、寝ずの状態で体験したのと同じ感覚の極まった世界である。われわれの感覚にはまだ知られていない未知の領域がたくさんあると思う。人のカラダというものは、このように極めて厳しい環境・条件に置かれると、むしろ細胞が活性化され、「生きよう」という底力が引き出される。
海外には、貧しさゆえに食べるものが十分にない状態で生活をしているような国や地域がある。ところが、そういうところの親には子どもがたくさんいたりする。それは不利な環境によって逆に生命力が強くなっているせいだと思う。
そのことは食べるものがふんだんにある飽食の日本の状況を見てみるとより一層はっきりする。男性は精子の数が減ったり、不妊の女性が増えているのは、カラダが過剰な栄養で甘やかされているからなのだ。我々現代人は本能という観点から今一度、自分たちのカラダを見つめ直してみるべきではないだろうか。
有名な話ですけど、「氷が溶けて□になる」という問題がありました。□にどういう字を入れるか?
正解はもちろん「水」。
ところが、そこに「春」と書いた子がいたんですって。
「氷が溶けて春になる」
——とてもいいじゃないですか。でも、それは×なんです。「氷が溶けたら水になる」というのも正しいけど、「氷が溶けたら”春”になる」と書いた子にもちゃんと○をあげなければいけないと思います。
人生って、答は一つじゃないんです。
…
小指というのは、5本の指のなかで最も存在感のない指と思われがちだ。
何かを持ったり運んだりするとき、小指はあくまでも補助的な役割しか果たしていない。ほかの指の”添えもの”のようについている小さくて弱々しい指。そんなイメージがこの指にはある。
しかし実際には、小指の役割というのは、非常に大きな意味をもっている。
たとえば、机にあるコップを持ち上げ、それを”できるだけ静かに”置くとしよう。その際、小指をコップから離して他の4本だけでコップを置く場合と、その4本の指に軽く小指を添えて置く場合とを比べると、コップが置かれるときの音は明らかに後者のほうが柔らかい。
このように、小指を意識して使うとカラダの動作は柔らかくなる。仕事で指を使う人、たとえば職人でも茶人でも舞踏家でも、一流といわれる人はみな例外なく小指の使い方がきれいなはずである。
沖縄空手は、親指を切り落とされて剣を握れなくなった武士が沖縄にわたって始めたという異説があるが、斬られたのが小指であればどうだったか。ためしに小指を外して拳を握ってもらうとわかるが、それでは力が思うように入らない。ヤクザは”無用の指”ということで小指を落とすことをするが、それを最初に考えた人は、もしかして最も深い意味を知ってそうしたのかもしれない。
このように小指というのは、イメージと違って決して小さな存在ではない。それどころか、指のなかで最も非力なのに、最も重要な働きを担っているのである。
それでは、小指と対照的な存在感をもっている親指は、どのような使い方をするのが望ましいのか?
親指に対して抱くイメージは力強いものだが、親指の力に頼ったカラダの動きは硬くてぎこちないものになる。たとえば拳を握ってパンチを繰り出すとき、親指にグッと力を入れてみると、カラダから腕だけが切り離されたようになり威力がでない。相撲でも親指に力を入れると肩に力が入って、腰から下が沈んでしまう。
ようするに、親指は力のでる指だからといって、その通りに力を入れてはいけないのだ。スポーツでも指を使った作業でも、親指はむしろ柔らかく使ったほうがいい。
このように、小指にしろ親指にしろ、”イメージとは違う働きかた”をしているのであり、その使い方もそれに応じた工夫をすべきなのである。
…
座頭市は目は見えないが、人の微かな気配や動きをあたかも目でハッキリ見るように、耳でとらえることができる。座頭市の耳は目と同じどころか、それ以上の働きをしている。
耳というのは実際、目以上に動くものの気配を敏感に察知する。壁の向こうは見えないが、壁の向こうにいる生き物の気配や動きを感じることはできる。
私は麻雀を打っているとき、牌を切る音で相手の調子がわかった。「あせって大きな手を狙ってるな」といったような微妙な心裡が、音の響きでよくわかったものだ。
私は自分の牌だけを集中して見るようなことはしない。あくまで自分の牌に対しては”見て見ない”という感じであり、卓全体をボワッと眺めているような感覚である。それは”耳で見る”感覚といっていい。耳を澄ますと全身の感覚がスッと立ち上がって、鋭敏にさまざまなものを捉えることができる。
そういえば、私が出会った数少ない”できる勝負師”というのは、いずれも目つきは鋭くなく、どちらかというと眼差しがボワッとしたような感じだった。球技ではコーチが「しっかり目を開いてボールを見ろ」と教えたりするが、目に力を入れるとカラダが強張(こわば)って、ボールが正確にとらえられない。
目というものに頼りすぎると、核心はつかめないのである。
…