話:鈴木大拙
正宗は鎌倉時代の後半にさかえた。彼の作品はその優れた質のために刀剣の蒐集家からひとしく賞せられている。切れ味に関するかぎりでは、正宗は彼の高弟の一人なる村正には及ばぬかもしれぬが、正宗には、正宗の人格からくる何か精神的に人を打つものがあるといわれている。
伝説とはいうのはこうだ。ある人が村正の切れ味を試そうと思って、水流にそれをおき、上流から流れてくる枯葉にむかって、どうするかを見守った。刃に出会った枯葉は、どれも二つに切られた。彼は、今度は正宗を立てたが、上から流れてくる木の葉はその刃に触れることを避けて行った。
これは驚くべき実験であった。正宗は人を斬るということに関心をもたなかった。それは切る道具以上のものだった。しかし村正は、切るということ以外に出られなかった。村正には心を打つような神聖なものは何もなかった。
村正は恐ろしいが、正宗は人情味がある。村正は専制的であるが、正宗は超人間的だ。柄に銘を刻むのは刀工の習慣であったが、正宗はほとんどこれをやらなかった。
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引用:鈴木大拙『禅と日本文化 (岩波新書) 』 第四章 禅と剣道
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