話:堀越二郎
席上私は、機(のちのゼロ戦)の設計内容をひととおり説明したあと、かねて思い悩んでいた問題を、すなおにぶつけてみた。
「計画説明書のなかに示すように、エンジンの性能向上がなく、その上もしも定回転プロペラが使えないものとして、性能を平均的に要求値に近づけようとすると、計画要求より速度が約15km低く、格闘性能は九六式艦戦二号一型(現行の戦闘機)より劣るものにならざるを得ません。エンジンの性能が向上し、定回転プロペラの信頼性が高まれば、話は別ですが…」
と説明し、さらに次のようにつけ加えた。
「『航続力』『速度』『格闘力』の3つの重要さの順をどのように考えておられるのでしょうか、それをおうかがいしたいと思います」
これに対し、終始鋭い目つきで私の発言を見守っていた源田実少佐は、机の上に出されていたお茶を一気に飲みほして立ちあがり、
「九六艦戦が戦果を挙げえたのは、相手より『格闘力』がすぐれていたことが第一です。もちろん、計画要求は確実に実現してもらわねばならないが、堀越技師の質問にあえて答えるとすれば、『格闘力』を第一にすべきだと考えます。これを確保するためにやむをえないというならば、『航続力』と『速度』をいくらか犠牲にしてもいたしかたないと思います」
と、はっきりした語調で意見を述べた。これは私を信頼したうえでの答えと感じられた。
しかし、源田少佐のこの意見に対しては、同じパイロット側から反対意見が出た。
「異議あり!」といって立ちあがったのは、航空廠の柴田武雄少佐だった。精悍だが愛嬌をたたえた風貌をし、まれに見る”名戦闘機乗り”であると同時に、誠実で、典型的な武人であった。
その柴田少佐が、ふだんの人なつっこい顔を紅潮させて、つぎのように力説した。
「戦訓が示すとおり、敵戦闘機によるわが攻撃機の被害は、予想以上に大きいので、どうしても『航続力』の大きい戦闘機でこれを掩護する必要があります。また、逃げる敵機をとらえるには、すこしでも速いことが必要です。格闘性能の不足は、操縦技量、つまり訓練でおぎなうことが可能だと思います。いくら攻撃精神が旺盛で、技量にすぐれているパイロットでも、飛行機の最高速度以上を出すことは不可能だし、持ちまえの性能以上の長距離を飛ぶこともむずかしい。だから、『速度』『航続力』を格闘性能よりも重く見るべきだと思います」
「しかし…」と、また源田少佐が立ちあがり、両者の白熱した議論がくりかえされた。両者はたがいに譲らず、また、この論争の黒白を判定できる人もいなかった。
私は、この2人の息づまるような論戦を聞きながらこう考えた。「この2人の意見は、だれが見てもそれぞれ正しいことを言っているのであり、それゆえに議論は永久に平行線をたどるだろう。この”交わることのない議論”にピリオドを打つには、設計者が現実に要求どおりの物をつくってみせる以外にはない。私としては、いままでに決めた設計方針にそって、重量軽減と空力的洗練を、徹底的にやりとおそう。そして、エンジンの馬力向上と定回転プロペラの実用化を促進してもらおう」。
そうする以外に、残された道のないことを、深く心に刻んだのであった。これ以後、わが十二試艦戦は、『零戦』として雄飛するまでに、あらゆる角度から試験と審査を加えられ、”あっぱれな若武者”に鍛え上げられていくことになるのである。
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引用:堀越二郎『零戦 その誕生と栄光の記録 』
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