2013年10月29日火曜日

『葉隠』と禅



話:鈴木大拙



最近、中国の軍事行動に関連して、やかましく言われた一つの文章がある。

『葉隠(はがくれ)』というのであるが、それは文字通り「葉の陰に隠れる」意で、わが身を誇示せず、角笛を吹いて廻らず、世間の眼から遠ざかって、そうして社会同胞のために深情を尽くすのが武士の徳の一つだというのである。この書は種々の記録・逸話・訓言などから成っているが、その編纂はある禅僧が担当したのである。この仕事は17世紀の中葉に佐賀藩主の鍋島直重の下で着手された。

この書は、いつにても身命を捧げる武士の覚悟を極めて強調し、いかなる偉大な仕事も、狂気にならずしては、すなわち、現代語で表現すれば、意識の普通の水準を破ってその下に横たわる隠れた力を解放するのでなければ、成就されたためしはないと述べている。

この力はときとして悪魔的であるかも知れぬが、超人間的であり、すばらしい働きをすることは疑えぬ。無意識状態が口を切られると、それは個人的の限度を超えて立ちのぼる。死はまったくその毒刺を失う。武士の修養が禅と提携するのはじつにこの点である。






引用:鈴木大拙『禅と日本文化 (岩波新書)


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